東京と埼玉の県境に大きな通りがある。
片側2車線の幹線道路だ。
直角に路地を入れば、数百メートル行かないうちに家々が立ち並ぶ穏やかな風景に早変わりした。
閑静な住宅街ってやつだ。
俺、鷹城 武(たかぎ・たけし)は陽炎が立つような夏の日差しの中、その住宅街の一角にある鉄の扉の前に立っていた。
外見は中型のマンションといったどこにでもある建物。
道路から一歩だけ、傘が差せる程度の引き込みがあり、申し訳程度の日よけになっている。
鉄製の扉のすぐ横には暗証番号を入れるテンキーが壁に付いていて、それだけが集合住宅ではなく事務所なのかもしれないという雰囲気を持っていた。
うだるような暑さの中、わざわざスーツを着込んで、肩から書類しか入っていないバッグを提げ(妹からはよくスーツの肩が傷むから手で持ち歩けと言われたっけ)、ハンカチで顔と首を拭きながら数字を押していく。
「ヒトヨ ヒトヨ ニ ヒトミゴロ・・・と」
1・4・1・4・2・1・3・5・6
これで開くのか確証はなかった。
妙な暗証番号だ。
だが、メールにはたった一言、
「ゲートでルート2を入れて下さい」
という返信が来た。
住所はハローワークに載っていたものをメモしてきた。
そう、俺は就職の面接に来たってわけだ。
相手企業の連絡先はメールアドレスだけ。
返信は先の一行だけ。
はっきり言って怪しさ満点だ。
たぶん、これで合っているだろうと思っていると、ピっと小さな音がしてテンキーに付いていた赤いパイロットランプが緑に変わった。
正直に言えば、ルート2という名のカードなりキーなりがあって、それをどこかに入れるもんだと思っていた。
まさか√2を数字で入力するとは思わなかった。
ドアノブあたりでカチャカチャ音がし、最後にガチャ!と大きめに音が鳴る。
ロックが外れたのだろう。
意外にしっかりしたセキュリティなのかもしれない。
それにしてもヘンな企業だ。
ハローワークの企業情報には「総合企業」と書いてあっただけで何をやってるか分からない。
おまけにこの暗証番号。
電話番号はなくメールアドレスだけだったのもちょっと気になった。
鉄の扉を開けるとわずか1メートル四方の小部屋・・・1基しかない銀行のキャッシュディスペンサーみたいな広さの空間がある。
ここはすでに冷房が効いていて助かった。
すでに汗だくだ。
リノリウムの床に打ちっぱなしコンクリートの壁。
ドアの上にはオレンジがかった間接照明。
まるでSF映画か、秘密組織のアジトってところだ。
特に目の前にもう1枚の頑丈そうなジェラルミン(?)っぽいドアと、その中ほどに付いているキーボードを見せられたらなおさらだろう。
キーボードにはメモが貼ってあった。
「遠く、近く、もやに覆われている。背中には段差があり、外側にはない。かの者が没した地の言葉で答えよ。 追伸:常に見ている」
なんて追伸だ・・・。
監視カメラでもあるのだろうか。
ため息を吐きながら何となく天井を見上げる。
呆れたでも、疲れたでも好きなように受け取ればいいと思った。
そういうジェスチュアには違いないからだ。
見上げた天井には監視カメラはないようだった。
(2)に続く
2010/07/21 初版
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