炭酸飲料のプルトップを開けるようなプシュっという音がしたあと、ドアそのものが1センチほど後退してから左の壁に音もなく吸い込まれた。
圧搾空気制御でスライド式とはえらく金のかかったドアだ。
兎にも角にも扉は開かれた。
妹にせがまれて一度だけ『レオナルド・ダ・ヴィンチ展』ってのに行った。
だいぶ前の話だ。
まだ俺はバイトの身で、なけなしの小づかいをはたいて2人分のチケットを買ったらすっからかんになった。
帰り道にジュースすら買ってやれなかったっけ。
めったに来ない文化的な催しに、俺は夢中になって絵の途中に飾られている説明まで読んだ。
こんなところで役に立つとは・・・。
「サンキュー、モナ・リザ。一杯おごれないのが残念だ」
ドアをくぐる時につい呟いた。
その時だった。
短い口笛と共にゆっくりとした拍手が聞こえてきた。
「1回でクリア。それも決めゼリフ付き。やるじゃない」
体にフィットした黒スーツに、同じ色のタイトスカートを履いた女性がパチパチとゆっくり手を叩いている。
バカにされてる風ではないようだ。
透き通った赤いフレームのメガネをかけていて、長い髪を高い位置で結っている美人(だと思うが暗くてよく見えない)は、早く入れとばかりに手を部屋の奥へと流した。
その仕草の華麗なこと。
床はキーボードのあった小部屋と同じリノリウムで、壁は頑丈そうなメタルで出来ている6角形の部屋に入った。
ダンプカーの側面を思わせるドえらく厚そうな壁だ。
壁と言うより、どちらかというと装甲板に近い。
照明はすべて壁沿いに作りつけの間接照明で薄暗い。
いや、オシャレな雰囲気と言った方が的確かもしれないな。
ずいぶん変わった部屋だった。
6角形の底辺はさっき入ってきたドア。
向かいには同じようなドアがある。
角度が付いた左右の4辺には、黒い革張りのソファとカフェテーブル1セットづつあるだけだった。
これでフロントでもあれば、まるでホテルのロビーだ。
後ろでプシュプシュいいながらスライドドアが閉まった。
本当に会社か?
どっかの秘密基地オタクが設計したのか、それとも悪の秘密結社かなんかと戦う謎の組織を地で行ってるのか・・・。
「あなたが今、考えてることは・・・私はおそらく分かってる」
それなら否定してくれよ。
デスクワークのサラリーマンになりに来たんだから。
俺はまた天井を仰いだ。
やはり装甲板みたいで、高く、溜息が届くことはなさそうだった。
(6)に続く
2010/08/14 初版
|