「それでは・・・仕事にかかってもらう前にパートナーを紹介しないとね」
彼女は唐突にそう言った。
近づいて見るとやっぱり美人だった。
メガネのフレームに合わせているのか───ルビーかなんかだろうか───赤い宝石が付いたピアスを付け、切れ長で若干、吊り上がった目は力強く冷静な印象を与えてくる。
女性にしては高い身長なのに、かなり高いヒールのパンプスを履いてるあたり、自己主張もはっきりしているようだ。
たぶん俺より高い・・・。
大企業の社長秘書か、やり手の女社長って感じだ。
いやいや、待て待て仕事にかかるだって!?
「すみませんが話が見えません。面接に来た鷹城・・・」
「タカギ・タケシくんでしょ。電話で聞いてるわ」
さらっと遮られてから、奥のドアに近いソファを勧められた。
ソファの近くまで歩いて行って手で指し示す。
ホワイトカラーってのはやる事がスマートだ。
ガニ股でひょこひょこ付いていく俺はさぞみっともないんだろうな、と劣等感を抱かされる。
長い就職浪人生活は人から自信や自尊心を失わせるらしい。
失礼しますと言いながらカフェテーブルを挟んだ向かいのソファに座った。
「履歴書を持ってきました。御社の社長に会わせていただけませんか」
「私が社長。履歴書はいらないわ」
後者だったか。
俺と同じかちょい上くらいの年齢の女性がこの装甲板だらけのでっかいオフィスを擁する企業の社長か。
どんだけ優秀なんだ?
黙りこくっていると、正面に座った彼女が聞き慣れた質問をしてきた。
「経験は?」
デスクワークの経験はもちろんない。
そもそもこの会社が何の会社かわからないので、何の経験かもわからなかったが。
昨日、いつものように一生懸命に丁寧に手書きの履歴書を書かなかったバチが当たったかもしれない。
PCを扱えるところを少しでも見せようと、パワポで作ってプリントアウトした後、ペーパーレス企業だと困るので保管用にとpdfファイルまで用意してきてしまった。
「経験は・・・ありません」
「そう。従軍経験はないのね」
はぁ!?
軍隊に入った経験なんてあるわけがない!
一体、何の会社なんだ。
ヤバイとこか?
デスクワークの件はどうなったんだ。
「髪が逆立って、目が白黒してるわよ」
「へ?」
彼女がほんの少しだけ微笑んだ。
「冗談よ」
口に出して騒がなかっただけで、心境は髪が逆立って、目が白黒してたのは事実だ。
背景(バック)はベタ・フラッシュってところだ。
雷がズドーンのナンダッテー!? ってやつ。
もしかすると俺は自分で思っていたよりも、思っていることが顔に出るのかもしれないな。
「採用。わかった? さっきも言ったけどあなたのパートナーを・・・」
「待って下さい。どうしていきなり採用なんですか?」
彼女がソファに深く座りなおした。
今度はあちらさんが溜息でも吐きそうな顔をしている。
「私はこう見えても経営者よ」
「はい」
「チャンスは絶対に逃さないわ」
「は、はい・・・」
「職安でガンフリークを見つけた時には頭の横で白熱球が光った」
職安?
白熱球?
例えが古いな。
ひょっとしてドえらく年上か?
「今、失礼なこと考えなかった?」
「いえ」
「ウチに足りないのは手足よ」
けっこうオーバーアクションで話す人のようだ。
芝居がかっているわけではないが、つい引き込まれる。
ハリウッド女優が長いセリフを話しているような印象だった。
「それは営業マンってことですか?」
「まあ、そういう言い方もできるわね。我々はより優雅にエージェントと呼んでいるけど」
エージェント!?
いよいよもってアヤシイ。
どんな会社なんだ。
「はい、納得したら営業マンにパートナーを紹介しないとね」
エージェントじゃなかったのか。
彼女が薄いビジネスユースな携帯電話を取り出して、ボタンをいくつか押した。
ほどなく奥のドアが来た時と同じように圧搾空気を吐き出しながら開いた。
「やっと出番かい」
背が低く、太り気味の男はノートパソコンを2台、それぞれの手に持ってボヤいた。
(7)に続く
2010/08/22 初版
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