「飲み干したら帰るか」
「そうだな」
どちらからともなくそんなことを言った。
上は高架、店の前は幹線道路からの引き込みで狭いが駅前に向かうバス通りになっている。
さらに狭い歩道を行き交う人々の数も少なくなってきた。
終電が近いからだろう。
H.S.K.はせっかく仮採用してくれたが、試用期間が終わったらこちらから辞退しよう。
そう思うと気も楽になった。
会ってなかった1ヶ月ほどの近況を話しあったりしながら、お互いに携帯を出してメールチェックしたり、タバコを吹かしてみたり・・・。
一緒のテーブルについているだけで自由気ままにいられるのが久しぶりで楽しかった。
なんとなくH.S.K.での会話を思い出す。
・・・
「そのデータパッドはあげるから大事に使ってよね。こっちはヘッドセット。そうは見えないかもしれないけど」
「千切れたイヤホンに見えますね」
「軽そうなヘッドフォンにマイクが口元まで伸びてるのを想像したかい? そんなの電車で見たことあるかい? 今時、イケてない営業マンだってイヤフォンからちょっとマイクが出てる程度だよ」
携帯電話もどきと耳の中に入れたら取りだすのが難しそうなイヤホンもどきをこちらに渡しながら、細田が愉快そうに笑った。
女社長については名字すら分からず、細田のメールでエリナさんというらしいことが分かっただけ。
細田にしたってファーストネームは分からなかった。
そもそも女社長には自己紹介さえされていない。
聞けば良かった。
ただそれだけのことなのだが、とにかく会話が早く、俺は翻弄されっぱなしだったのだ。
こちらは何にも知らない、ただの面接に行った元建設作業員。
あちらはとっくにメンバーに入れてるんだから、何でそんなことも知らないんだという感じだった。
「鷹城くん、あなたにも職業選択の自由はあるから仮採用にしとくわね。試用期間は仕事1回」
「1回ですか?」
「そう、1回。私の予想では48時間以内に仕事があるから」
細田も頷いた。
「まあ、そんなとこでしょうね。動きは活発になるでしょうし」
何の話をしているかまったく分からなかった。
しかも、通勤はしなくて良いらしい。
「自宅で儲かる」とスパムメールを送りつけてくる確実に詐欺の謳い文句のようだ。
それにしたって、仕事が1回?
仕事は毎日するものじゃないのか?
「君が必要になったら、データパッドで僕が連絡するから。それまでは自由だけどパッドはいつも持っててくれると助かるよ」
「それからコレ。持って行って」
データパッドにイヤホンもどきのヘッドセット、そして女社長からはカードケースを渡された。
前に現場監督が持っているのを見たことがある。
メタルの名刺入れだ。
まさか、俺の名刺がもう出来てるんじゃないだろうな・・・。
まあ、必要な時以外は開ける事もないだろう。
名刺入れよりもずっと薄いし、ただのメタルケースではなくジェラルミンかなにかのようだ。
装甲板チックな内装といい、名刺入れといい、航空機の素材にそんなに思い入れがあるんだろうか。
断るんだからもう関係ないけどな・・・。
(10)に続く
2010/09/26 初版
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