さて、夜中の「鬼ごっこ」に「隠れんぼ」はいかがでしょうか。
◆ ◇ ◆
ある学校に一つの噂があった。
正確には複数ある噂のうちの一つ───いわゆる七不思議の一つに挙げられているものだ。
割と古くからある学校の為、その手の噂には事欠かない。
ただ、引き継がれた噂の中でも、それは相当昔から伝わっているらしい。
その噂とは───。
夜中の校舎をうろついていると、生気のない顔をした看護婦に追いかけられる。
いつ頃から伝わっているのかは知らないが、そんな話があった。
定番と言えば定番の噂である。
学校が建つ以前に病院があったのは本当のことらしいので、そこから出てきた話なんだろうとは思う。
この噂を思い出してしまったのは、自分が今、夜中の校舎にいるからだろう。
誰もいない校舎。そして非常灯程度の明かり。正直、不気味だ。
忘れ物に気づき、翌日に来れるならそのままにしたが、休日を挟んでしまうために仕方なく取りに来たのだ。
守衛の人に許可をもらって、無駄に広い校舎を進む。
ふと───自分以外の足音が聞こえた気がした。
足を止めると誰かが歩いているのが分かった。
守衛の巡回だろうか?
足音は後ろのほうから聞こえてくる。
振り向くと遠くに人影が見えた。
薄暗いのでわかりにくいが、守衛ではないようだ。
たぶん───女性?
白いブラウスに濃い色のスカート。
妙に青白く感じる顔。
そして頭にナースキャップ・・・?
弾けたように逃げ出した。
例の噂に思い至ったからだ。
引き離して、呼吸を整えながら耳を澄ませると静かに足音がついてくる。
走ってくることはないようだが、歩いて追いかけて来ているようだ。
辺りを見回すとトイレが目に入った。
奥の個室に入り鍵をかける。
息を潜め、耳を澄ませる。
足音が少しずつ近づいてくる。
そして───トイレの前で足音が止まった。
誰かがトイレに入って来た。
しばしの沈黙。
不意に個室のドアを開く音が響いた。
思わず声を上げそうになるのを押さえ込む。
しばしの沈黙。
再び個室のドアを開く音が響く。
しばしの沈黙。
再び個室のドアを開く音が響く。
手前の個室から順に調べているのが分かる。
隣の個室のドアが開いた。
そして沈黙───。
どれほどの時間が経ったのだろう?
いつまで経っても自分が居る個室に変化が無い。
諦めてどこかに行ってしまったのだろうか。
耳を澄ませるが、誰もいないような気がする。
大きく息を吐く。
ふと、視線を感じ、ドアの上のほうに視線を上げる。
そこには───ドアの上に身を乗り出し、生気の無い目でこちらを静かに覗き込む看護婦がいた。
◆ ◇ ◆
・・・という、お話。
語りの中で「看護婦」と表記していますが、これは時代的な都合です。
「看護師」と表記が変わってからは、このお話を聞いたことがありませんが、そのうち看護師バージョンのものも出てくるのかもしれません。
このお話も多彩な派生系があります。
校舎内をうろつく理由に「肝試し」や「忘れ物」。
「こっそり侵入する」場合と「宿直の先生・用務員・守衛に用事で来たことを告げる」場合。
「複数」で歩くこともあれば「単独」で歩くことも。
このあたりまでは他のお話でもよく見られる派生系です。
話の流れとして特徴的なものは、
出てくるモノだけに、場所が「学校」でなく「病院」である場合。
学校が「元病院」の建物である場合。これは概ね「病院跡地」だったという背景設定が多いでしょう。
誰も乗っていない「車椅子」を押していることもあります。これは最後シーンの後がある場合、捕まえた者を乗せていくのです。
捕まってしまう派生系だと「行方不明」になることも多いようです。
そして、看護婦の服装が「古いデザイン」である場合です。
これはパステルカラー以前の白いナース服ではなく、メンタムの女の子のイラスト(今も使われているかは知りません)、ナイチンゲールの時代のような服装が出てくる場合があります。戦時中の野戦病院跡という背景設定があるときに多いかと思います。
背景設定的に出会うことはないだろうと思っている方。
マイナーな派生系で「ビル」というものがあります。
それなりに広くて、隠れることができる場所ではご注意を・・・。
では、これにて九十一の語り「覗き込む看護婦」了。
九十二の語りに続く
2011/08/07 初版
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