「あーあ、今日でバレー部の練習も最後だっていうのにイマイチ盛り上がりに欠けてたよねぇ」
先ほどまで練習をしていた市民体育館からの帰り道、噴水広場のベンチに腰掛けながら紅葉は不満顔で文句を言った。
武蔵ヶ丘中央公園は市内でも一番の広さを持つ公園で、公園内には野球のグラウンドや市立図書館、サイクリングコースなどの施設があり、先ほど練習を行っていた市立体育館もこの公園内に建てられていた。
広場は市立体育館から出てすぐのところにあり、周囲を花壇に囲まれた20メートル四方くらいの広さがある。
自動販売機とベンチが数脚、設置してあって、中央に噴水があるのが特徴的だった。
紅葉は6年2組と胸に書かれた学校のジャージに大きなスポーツバッグを抱えて深めにベンチに腰掛けていた。
肩からは大きめのスポーツタオルをかけていて、たまにごしごしと短い髪を拭いている。
練習後に体育館の外に設置してある水道の水を頭からかぶったのだ。
帰宅したらすぐにシャワーを浴びるらしいが、それでも蛇口から勢い良く流れ出す水道水にいきなり頭を突っ込む豪快さは男の子そこのけであった。
一方、かすみは軽装であまり汗もかいておらず、私服で荷物は持っていない。
「・・・ごめんね、紅葉。玉拾いぐらいしか付き合ってあげられなくて」
紅葉の横に腰掛けたかすみがすまなそうに言った。
「いいって、かすみはそもそも正式にチームに入っていたわけじゃないんだから。この半年は色々と付き合わせちゃって、ほんと感謝してます」
紅葉は少し大袈裟に両手を広げ、ふざけたようにかすみを拝む仕草をした。
「ホント?」
「本当だって。なんてったって人数ぎりぎりのチームだったでしょ。審判だ玉拾いだ、後片付けだって、そりゃ面倒なことばっかり押し付けちゃってさ。かすみはバレーに興味なかったのに無理矢理マネージャーとして引き込んじゃって悪かったと思ってるよ」
そう言ってさっきとはうって変わって真剣な表情で紅葉は頭を下げた。
そんな紅葉の表情にかすみはあわてて首と手を振る。
「そんなことないよ。楽しかったよ、試合とか」
「負けてばかりだったけどね」
「悔しい?」
「そりゃそうだよ。試合に負けたことも、このまま町内会のチームが解散しちゃうのも・・・。すっごく悔しいよ。出来ることならもう一年残ってあげたいくらいだよ」
紅葉は憮然とした表情で言った。
じっと足元を見つめているその様子から、彼女の悔しさがよくわかった。
武蔵ヶ丘商店街町内会に住む小学校高学年の女子を中心に結成されたバレーボールチームは、今でこそメンバー不足から解散となってしまうのだが、つい数年前には市内市外を問わず最強と言われた強豪チームだった。
「そりゃ無理だよ。卒業しちゃったんだから、私達は・・・」
「・・・卒業か。そうだよね、もう来月から中学生だもんね」
二人は顔を見合わせると、ベンチから立ち上がった。
どちらからともなく歩き出す。
「バレーボール続けるんでしょ?」
かすみにそう言われた紅葉は一瞬の躊躇と、困ったという表情を浮べて小さな声で答えた。
「・・・うーん、どうだろう。たぶん、やらないかな」
「そうなんだ」
かすみは紅葉のそんな表情に気が付かないふりをしながらサラリと言った。
「お、かすみ。理由は聞いてくれないの? バレーボール界期待のホープ早瀬紅葉様の衝撃発言だぞ」
「先輩のことでしょ。気になってるの」
紅葉はその赤茶けた髪の毛をくしゃくしゃにかきまぜて、かすみの指摘が図星であることを悟らせた。
その先輩とは、昨年バレーボールチームでキャプテンを務めていた水上真理奈の事だった。
小学生離れした長身で5年生のときからレギュラー、そして大会では得点王をとるほどの「最強のアタッカー」と呼ばれていた人だった。
「あと、お姉ちゃんのこともね。なんとなくだけど、先輩がお姉ちゃんの事を避けたいって気持ちわかるような気がするんだ。嫌ってるんじゃないんだけど、こう、うまく言えないのが悔しいけど、つらいんだろうな。別々の道を進んだってことが・・・。私の場合は妹だし、避けようがないけどね」
紅葉はそう言うと大きく背伸びをした。
「そっか」
「去年のクリスマスの時に、パーティーだとか言ってムサ中に連れて行かれた時の話はしたよね」
「うん。藤倉君を誘ってって頼まれたやつでしょ。確か3組の永井さんに無理矢理に連れて行かれたって言ってたよね」
その時のことを思い出したのか、紅葉は苦笑いをした。
「美希の奴は強引だから。って、まぁそれはいいんだけど。その会場でお姉ちゃんと水上さんに会ったんだ。二人とも大人だからニッコリ話してはいたんだけどね。なーんかこう、ぎこちないっていうか、不自然っていうか・・・」
そう言うと紅葉は深くため息をついた。
紅葉の姉である早瀬 緑は、背が低いというハンデを補ってあまりある跳躍力で、「彼女に拾えない玉はない」と言われるほどの天才レシーバーとして活躍した。
武蔵ヶ丘中学校に入学後もバレーボール部に入部し、有名私立高校から特待生で入学をという話が来るくらいの活躍ぶりは今なお健在。
十年に一人と言われるほどのバレーボールプレイヤーだった。
また、真理奈の前に町内会のバレーボールチームのキャプテンを務めていた。
紅葉にとっては姉である緑、真理奈共に大好きだったし、尊敬もしていたので、その二人の仲違いには心穏やかではいられないのだろう。
何が原因でそうなってしまったのか、卒業以降は真理奈とも疎遠になり、また姉の緑も話そうとはしなかったので紅葉が詳しく知る事は出来なかった。
ただ、町内会のチームが優勝候補といわれながらも、一昨年の秋季大会で予選敗退した時、応援に来ていた緑と真理奈の間で何かがあったということはわかっていた。
「そうなんだ」
「なーに深刻な顔してんのよ、かすみってば。私は大丈夫よ。言うほど気にしてないんだから。だいたい、あんたこそ部活動するの?」
紅葉は無理に明るい声で言った。
「どうだろうなぁ」
「まぁ、入学してから決めてもいいんじゃない。でもさ、ずいぶんと演劇部に興味あるみたいじゃない。今日もムサ中演劇部の練習を覗いてたでしょ」
「・・・うん」
「演劇部に入るの?」
紅葉の質問に、かすみは考え込んだ。
毎日のようにムサ中演劇部の練習を覗いていたのは事実で、演劇そのものに興味を持ったのもたしかだった。
しかし、自分が入部するとなると・・・。
──────私にできるかしら?
「まだ迷ってるんだ。興味はあるけどね」
紅葉は意外そうな表情でかすみを見つめた。
「私は人前に出たら緊張しちゃうから駄目だな。台詞を話すなんてぜったいに無理。かすみって意外と大胆なのかもね」
「おかしい? 私が舞台に立つの」
「ううん。おかしくないよ。かすみはバレーチームでもプレイヤーというよりはマネージャーが似合ってたし」
かすみがわざとむくれながら言ったので、紅葉は慌てて頭を振った。
「それにかすみの笑顔と“おつかれさまー”には何度も癒されたしね」
「それはそれは」
かすみが微笑んだ。
春休み中に何度も通った帰り道には夕陽が照っていた。
紅葉は、彼女のこの微笑みが舞台の上から大勢の観客に注がれるところをなんとなく想像してみた。
演劇のことは何もわからなかったが、少なくとも自分よりはサマになるような気がした。
「いいと思うよ、かすみが舞台に立つのって。それにしてもよっぽど気に入ったのね、演劇が」
「なんとなくだけどね。憧れちゃったんだ」
「そっか」
二人はそんなことを話しながらそれぞれの家へと帰っていった。
(3)に続く
2011/10/18 初版
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