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トキめいてるじゃん! 〜冬の特別編〜 (1)
山崎かおり

 冬ってあんまり好きじゃない。
 特にクリスマスは大嫌い。
 いつの頃からかな、そんな風に思うようになったのは。
 たぶん、サンタクロースが来てくれないことを知った時から・・・。




「どうしたんです、副部長? 具合でも悪いんですか?」

 後ろを振り返ると、そこには同じ演劇部員の中瀬真人君が立っていた。
 私、藤倉美和子は、この武蔵ヶ丘中学校の演劇部に在籍している。
 1年生なのになぜか副部長を任されているので、このようにしばしば「副部長」と呼ばれることがある。

「ううん、ちょっと伝票の整理が一段落ついたからボーっとしてたの」

 そう言って笑い返す私を見て、中瀬君は少しだけ、怪訝そうな顔をした。
 それでも、すぐににこやかな表情で、手にしていたマグカップを手渡してきた。
 カップにはアールグレイティーがほのかな香りを立てて注がれている。

 紅茶は、部長である城沢 渚先輩の趣味で部室に置かれているものだ。

「サンキュ」

 私は中瀬君からマグカップを受け取ると、一口、アールグレイをすする。
 私好みにストレートのままで砂糖が入っていない。

「おお〜っ、中瀬君おいしいよ。ようやく、私の好みが解ってくれたのね」
「ははは、まあ、ここんとこ何度もダメ出しされてましたからね。茶葉が多いとか、蒸らしが少ないとか、カップが冷めてるとか、味がこなれてないとか・・・。そりゃ上手にもなりますよ」

 嫌味を言っている風ではない。
 照れているのだろう。
 たしか、初めて紅茶を入れてくれた時は、ひどく苦くて飲めたものではなかった。
 ティーバッグ以外の紅茶を初めて見た、と驚いていた中瀬君が、真剣な表情でティーポットに茶葉を入れている姿を思い出してしまい、思わず吹き出してしまう。

「あれ? やっぱマズかったですか・・・。う〜む、部長は“これは完璧だねぇ”って言ってくれたんだけどなあ」
「ううん、おいしいよ。それより、わざわざ部長に習ったの? 中瀬君って意外とマメなのね」

 中瀬君は、少し困ったように頭を掻くと、私の向かいの椅子に座った。
 どうやら、伝票の整理を手伝ってくれるつもりらしい。

「それにしても、文化祭は大成功でしたね。このメンバーなら、春の都の演劇コンクールでもいい線までいけるんじゃないですかね。藤宮先輩もめちゃめちゃ張り切ってましたしね」

 中瀬君は、大きな背中を丸めて、伝票とにらめっこしながら、この2学期に部活で消費した経費を計算しながらつぶやく。
 彼は私と同い年なのにいつも敬語で話していた。
 私よりも後から入部したからだという。
 運動部の(彼はついこの間まで野球部員だった)先生にはチャンちゃん付けでも、先輩にはサン付け、という厳しい上下関係で培われた習慣らしい。

「そうね。ウチの演劇部ってたしかにすごいメンバーが集まっちゃってる感じがするわよね。御神先輩とか藤宮先輩はスタイル抜群だし、何て言うのかな・・・そう、舞台に立ったときに華があると言うか、そんな感じ?」
「そうそう、藤宮先輩って中学生離れしてますよね。あれで、もう少し・・・」
「もう少し、まともな性格だったら良かったのに?」

 私達は、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

 藤宮先輩というのは私達、演劇部の3年生で、学校一の問題児と言われているような人なのだ。
 しかし、生徒達からの人気は高く、どこまで本当だか分からない噂や、武勇伝はそれこそ数限りなくもっている。
 突出した行動力と歯に衣を着せない言動はたしかに魅力的だ。
 そして、この中瀬君が演劇部にいるのも、その藤宮先輩のせいといっても良い。
 演劇部の裏方が足りない時に(いつも足りないのが現状なのだが・・・)野球部から、某人気漫画家のサイン色紙と中瀬君がトレードされたというのがもっぱらの噂だった。

「ねえ、中瀬君」
「はい?」
「なんで演劇部に入ったの? 野球部でレギュラーだったのにちょっともったいない気もするわよ」
 私がそう言うと、中瀬君はまた、少し困ったような表情で頭を掻いた。

「なんでですかねえ。・・・やっぱり、肩を怪我して悩んでた時に藤宮先輩に誘われたっていうのが大きいですよ。センターオーバーのホームランボールを無理に取ろうとして、フェンスに激突したんです。そしたら、野球ができるようになるまで、リハビリのつもりで来てみないかって・・・。ズルイっスよ。こんなに演劇が面白いって知ってたら、これほど素晴らしい部には、絶対に入んなかったっスよ。これでも一応、甲子園を目指していましたからね」
「ごめんなさい。私ったら、何にも知らなくて。でも、まだ野球は・・・」

 穏やかな顔で話す中瀬君に、私がそう言いかけたとき、少しだけ寂しそうな顔をしながら、

「治る怪我だったら、きっと藤宮先輩は演劇部に誘わなかったと思います。そういう人なんですよ、先輩は」

 と言った。
 遠い眼をした中瀬君がとても印象的だった。
 初めて知った衝撃の事実ではあったが、今の話がまったくのデタラメであることなど、この時の私には分からなかった。
 ちなみに中瀬君は、次の年の球技大会でピッチャーを務めることになる。
 “治る見込みのない”はずの中瀬君の肩は、中学生らしくない剛速球を披露することで、噂を肯定した。
 私がキレたのは言うまでもないが、今にして思えば、彼の演技力はやはり演劇部向きだったと言えるだろう。
 そんな彼が裏方に徹していられるほど、今の演劇部は人材が充実していた。

「しかし、副部長も大変ですよね。終業式の後まで、こんな仕事をさせられて」

 気まずくなりそうな雰囲気を察してか、彼が話題を変えた。

「別にイヤイヤやらされてるわけじゃないのよ。3学期になったら、すぐに春の都展があるでしょ。東京都主催の演劇コンクールが。だから、今のうちにやっておきたいのよ。それに・・・」
「それに?」
「中瀬君も手伝ってくれているしね。助かるわ」

 そう言った後で、彼を見て思った。

 ──────しまった。

 中瀬君は、少し頬を赤らめて、むずかしい顔を作りながら伝票の整理を続けていた。
 誤解されてしまっただろうか。
 私もなんだか恥ずかしくなってしまい、それからは2人とも無言で伝票整理を続けた。
 私は、慣れていることもあって、たまに窓の外を見たり、ペンを置いて紅茶を飲んだりしていたが、中瀬君はずっと下を向いたまま黙々と作業を続けていた。
 もともと根が真面目なのだろう。
 それとも、運動部で鍛えた集中力が発揮されているのだろうか。

 ──────伝票とにらめっこしてるみたい。

 そのおかげか、夕方までかかるであろうと思われた伝票の仕分けは、陽が傾かないうちに片づいた。

「ありがとう中瀬君。おかげで早く済んだわ」
「いえ、とんでもない」

 私の感謝の言葉にぎこちなく応えた彼は、立ち上がって部室の片づけを始めた。
 私の方を見ないで、マグカップをまとめ、パイプ椅子を折り畳んでいく。

「それじゃ、私は職員室に部室の鍵を返しに行って来るわね。本当にありがとう」
「・・・なぁ」
「えっ、何?」
「あ、いや。なんでもないよ」

 そう言って、もじもじしている中瀬君に少し戸惑ったが、さきほどの会話と雰囲気が頭をよぎった私は、努めて冷静に対応した。

「おつかれさま」
「う、うん」

 彼は、まだ何か言いたそうだったが、私は歩き出す。

「中瀬君、良いお年を!」
「あ、うん。藤倉さんも・・・」

 早足で職員室へと向かう私の背中を、いつまでも彼が見つめているのを感じながら。


(2)に続く

2011/01/20 初版

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