アイルーの口は小さい。
はむはむとパクつき、もぐもぐとよく噛む。
ヒゲや顔にタマゴがつくと、手で顔を洗う。
たまに顔を見上げて「美味しいニャ♪」と感想を言う。
ずいぶん時間のかかる食事だ、とディックスは思った。
別に急いでもいないので、のんびりと眺めていたが、自分では一口で平らげていたし、狩りの時などは巨大な肉をあっと言う間に消費しているので、大事そうに食べるアイルーが物珍しかった。
「なんで人語が分かるんだ?」
何気なく聞いてみた。
アイルーは食べながら、ぽつぽつと自分の事を話し出した。
本当はお供アイルーになりたいと思っている事、その為に一生懸命、人間の言葉を勉強した事。
彼らはアイルーの中では一目置かれる存在で、それはディックスが騎士に憧れていたのと同じ事なんだと教えてくれた。
自分は他のアイルー達と毛並みが違うので、ちょっと距離を置かれているのだという事も話し出した。
同族意識が強く、多種族の侵攻などもあって、自然界は油断ならない。
そんな中で相容れないメラルーと同じ色合いの自分は、まぎらわしいと思われてしまうとの事だった。
一目置かれるのと、距離を置かれるのではだいぶ違う。
アイルーの集落で上手に暮らせないなら、余計にお供への憧れが強くなる。
渓流も密林もずいぶん散歩した。
時には雪山や火山、昼夜で気温が激変する砂漠、遺跡が沈んでいる水没した森にまで行って、狩人のあとをついて歩けるように道を覚えた。
ブーメランの投げ方を覚えたり、パルスを発生させる電撃罠の取り扱いや設置方法も勉強した。
もう充分にお供アイルーになれる!
そう思った時に人里へと向かった。
しかし、アイルーと狩人の橋渡しをしてくれる人間のお婆さんのところへ、かなり長い間いても声はかからなかった。
ある時、ネコバアさんが言ったそうだ。
「お前さんはメラルーに似ているからねぇ・・・」
聞けば、メラルーは狩人の装備を盗む事がよくあるんだそうで、ハンター達に嫌われているらしい。
がっかりしたアイルーは、また集落に戻ったのだ。
ひとりぼっちになる集落へと。
「ごちそうさまでしたニャ」
「おう」
「とっても美味しいメダマヤキでしたニャ♪」
「良かったな」
ディックスはまたアイルーの頭を撫でくり回した。
ガラガラガラガラガラ
「ニャッ!」
「お!」
目の前を荷車が通って行く。
意識を失ったハンターを乗せ、2匹のアイルーが離れた場所にあるだろうベースキャンプへと向かって押して行った。
荷台に収まりきれない長い槍が見えた。
守備の要だったランサーだ。
「た、たいへんニャ・・・」
それは4人パーティが3人になっている証でもあった。
・・・
1人と1匹は山道が続く北西を凝視していた。
そこには吊り橋がある。
アイルーはその先に「ジンジャアト」と呼ばれる蜂の巣だらけで、ハチミツがよく採れる場所があると言った。
周囲は開けていて、狩りが出来る場所でもある、と。
アイルーはディックスの顔を見上げていた。
逃げニャイの?
そんな表情だ。
彼らが狩っている獲物が、このあたりまで来る可能性があった。
男は黙って、ブーツの紐を結び直していた。
バチン、バチンと大きな音を立てて、脛当ての鉄板を留めていく。
同じように手甲も装着した。
「ここは危ない。離れよう」
「はいニャ」
ガラガラガラガラガラ
その時、また1台の荷車が彼らの前を通った。
今度は太刀が見えていた。
遠目でも分かるほどのコブを額に作った男が荷台に乗せられていた。
足も妙な方向に曲がっている。
完全に骨折しているようだ。
パーティーは半減して、ダメージディーラーも失った。
先刻よりも険しい顔で、吊り橋の方を見るディックス。
荷物は背負わずに、大剣だけを肩に担いだ。
「前言撤回だ」
「ニャ?」
「援護に向かう」
アイルーは男が本気で言っている事を悟った。
バイザーヘルメットから垣間見える表情が、戦いに赴く者のそれをしていたからだ。
「ここで荷物番をしている方がいいか? それとも電撃罠を担いでついてくるか?」
「・・・」
アイルーは考え込んだ。
穴を掘って、荷物を入れておけば、身体の小さい自分にだって荷物番くらいは出来る。
だが、男はシビレ罠を持ってるならついてきても良いと言っている。
まるでお供アイルーみたいじゃニャいか!
こんなに魅力的な話はない。
迷った。
ディックスは戦闘用に見える幅広のベルトを着け、大きなポーチにペイントボールや、即効性の回復剤を次々に入れていく。
装備を整えながら、アイルーの方を見もせずに言い放った。
「2分で決めろ。どちらを選択してもお前には迷惑をかけるが、助けてくれ」
「・・・」
(5)に続く
2013/03/26 初版
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