猫人族の集落には珍しく、アイルーは拾われっ子だった。
両親が分からない。
しかもメラルー族と同じ毛色をしている。
種族は確かに同じなのだが、保守的な集落にとっては大問題だった。
集落全体で会議になった。
通りすがりのハンターがまだ子供の猫人族を洞窟で見つけたので、預かってくれと言って置いていってしまったのだ。
人間にとっては、同じ種族の子を預けたつもりだったのだろう。
人種が変われば、顔の見分けさえ付かなくなるのは、人間だって同じはずだ。
毛色の違いは、全体会議になるほどの差異なのだ。
アイルーは子猫にして、厄介者扱いとなった。
一人前になる頃、何かと気に掛けてくれていた族長が森で話しかけてきた。
「いつもひとりぼっちだからソロって呼ばれておるニャか」
「はいニャ」
「わしの力不足で、皆に馴染ませる事ができなんだ。すまないニャ」
「育ててもらって感謝してますニャ」
「・・・」
「本当ニャ、本当ニャ」
事実だった。
厳しい自然の中で、子猫のアイルーが一人で生きていく事は難しい。
少し寂しかろうと、友達がいなかろうと、例え、ソロって呼ばれようとも、生きてこれたのは集落のおかげだった。
言葉も分からない子猫のうちは、各家に持ち回りで預けられていたアイルーは、走る事が出来るようになる頃には、野宿をするようになっていた。
集落の範囲内ではあったが、誰かの家に世話になる事がなくなっていたのだ。
何となく、自分がいると、周囲の笑顔がぎこちない事は分かっていた。
厄介者なのだろうと、漠然とした認識をしてしまったのだ。
「いつか、本当にお前さんの事を必要とするアイルーや人間が現れたら、その時は迷わずに付いていくといいニャぞ」
「え・・・」
「厄介払いしようなんて考えた事は一度もないのニャ。信じておくれニャ。ここは狭い世界ニャ。ほとんどのアイルーは自分の事で手一杯なのニャ。そして、個性を嫌う。和を乱してはいけないという協調性・・・分かるかニャ?」
「はいニャ」
「よろしい。協調性を重んじているのではなく、他のアイルーと違う事をしなければ波風が立たないと強く信じているんニャよ。でも、お前さんは違う。覚えがよく、体力もある。自分の好きな事を好きと言えるし、それでもニャお、和を乱そうとはしない。他のアイルーの事を考える余裕と、手助けしようとする勇気を持っているのニャ。狭い集落にはもったいないのニャ。お前さんは生まれた時から世界を旅する運命だと、ずっと思っていたんニャよ」
「はいニャ・・・」
「これをあげようニャ」
族長は魚の骨で出来たお守りを手渡した。
「集落を離れても、どこにいても、わしは遠くからお前さんの事を気にかけている事を忘れニャいでおくれ」
・・・
アイルーは首から下げている魚の骨で出来ているお守りを、小さな手で握りしめた。
ダンニャサンは“助けてくれ”って言った。
たった1回でもいい。
(お供アイルーになれるならがんばるニャ)
ディックスは、アイルーが4つ足で走り去るのを見て、当然だろうと思った。
おそらくは人間に言っても同じ反応をされるだろう。
民間人なら、こんな危険な事には付き合えないと逃げられるだろうし、狩人なら無報酬のハンティングなんてごめんだと断られる。
ここを採集場にしている猫人族が、ガラクタ置き場にしている洞穴にでも荷物を放り込んでおこうとした時、
「お待たせしましたニャ」
アイルーが後ろから声を掛けてきた。
自分の上半身ほどもある電撃発生装置をツタで縛って、背負っている。
「シビレ罠を持ってきましたニャ」
「来る・・・のか?」
「もちろんニャ」
「危険だぞ?」
「足手まといにはならニャいから連れてってほしいのニャ」
「・・・」
「・・・」
アイルーは凛とした顔をして見上げている。
その目に迷いはないようだった。
ディックスはニヤリとした。
「間違っても、デカいのを引きつけようなんて思うなよ。現場に接近して状況把握する。作戦を考えるのはそれからだ」
「はいニャ!」
1人と1匹は走り出した。
もう何年もコンビを組んでいるかのように、息が合っていた。
(6)に続く
2013/04/09 初版
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