エミリアは肩で息をしながらも、立ち上がってドスファンゴと正対した。
相手はかなり興奮している。
怒り狂っていると言ってもいいかもしれない。
ガンナーは接近戦が不得手だ。
そして、相手は距離を詰めるのが得意。
何度も回避して、距離を取り、残された通常弾を撃ち込むしかないだろう。
自分のスタミナがどれだけ保つか・・・。
恐怖で膝から崩れそうになった。
心身の疲労から目眩がした時、地を足で蹴っていたドスファンゴが突進してきた。
土煙を上げて猛進してくる。
遠くから撃っていた時とはまったく違うスピード感。
回避しなければ、避けなければ!
身体を横に投げ出して回転するだけ!!
気ばかり焦って、身体が動かなかった。
<間に合わない!>
ガシッ!
咄嗟にうずくまって目をつぶったエミリアは、先刻のリーダーがそうだったように吹き飛ばされる事を覚悟した。
「ブッフゥゥゥゥゥゥ」
「ぐ・・・ぎぎぎ」
はっと見上げれば、見知らぬ男が大剣を斜に構えて、ドスファンゴの突進を受け止めていた。
「な、何が・・・え?」
頭は牙の間、大イノシシと顔を付き合わせて、力比べをしている男など見たこともない。
ただでも真っ白だった頭の中が混乱して、取り乱しそうになった。
歯をむき出しにして食いしばり、額に血管まで浮かび上がらせている男は、首だけ後ろに回して檄を飛ばしてくる。
「射手っ、捕獲用麻酔弾を装填しろ!! 持ってるか!」
「リロードっ!」
エミリアはすぐに反応した。
男は見知らぬ相手だったが、ハンターの訓練場でも使っている端的な戦闘符丁を放ってきた。
長い訓練生活で身体に染みついた条件反射。
敵から目を離さずに、空になっている通常弾倉をリリースし、捕獲用麻酔弾を込めたマガジンへと弾倉交換を行う。
空のマガジンが地面に落ちる頃には、ボルトを引いて初弾をチャンバーへと押し込んでいた。
実戦経験は少ないかもしれないが、練度の高い射手だ、とディックスは思った。
彼女が口にした“リロード”は再装填を意味する言葉で、最も隙だらけかつ、その間、射撃が出来なくなる事を仲間へ知らせる為に叫ぶ、集団戦用の合図である。
「ガフゥゥゥ、ブキィィィィィィ!!」
「この野郎、馬鹿力だな! ぬおあぁぁぁぁっ!! 射手っ、4時半に距離を取れ!!」
「了解!」
今度こそ、彼女は身体が動いた。
返事をするなり、身体を1回転させて、まず距離を取る。
自分の正面を12時として、時計の4時半方向、斜め後ろへ移動して腰溜めにライトボウガンを構えた。
謎の男とドスファンゴから直角、彼らの真横に位置している。
もはや、彼女は混乱しておらず、平静を取り戻していた。
改めて全景を射程に収めて見ると、ドスファンゴの後ろには小さなネコがちょろちょろとイノシシのお尻を追いかけているのを確認できた。
(すでに挟撃体制?)
よく見ると猫人族は両手に地雷のようなシビレ罠を持っている。
懸命になって、男と大イノシシの直線上に並ぶように移動していた。
1人と1頭は頭を突き合わせ、刀身と牙でしのぎを削っているが、単純な力押しだけに立ち位置が微妙にずれるのだ。
「おらあぁっ!!」
ディックスはドスファンゴの両牙と鍔迫り合いをしながら、ついに鼻先へ向けて頭突きを繰り出した。
一瞬、顎を上げた大イノシシに向かって、身体を回転させながら剣の腹で、顔面を横殴りにする。
スパァァァァン!
「ブキィィィィィ」
ドスファンゴはあまりの激振に脳しんとうを起こした。
足がふらつき、頭を何度も振っている。
「アイルーっ! トラップだ!!」
アイルーは今の今まで大きなお尻と、先端に毛の付いたしっぽを苦労して追いかけていたのに、急に動きが鈍くなった標的をいぶかしく思ったが、ディックスの声を聞いて、ドスファンゴの足元にシビレ罠を滑り込ませた。
普段ならモンスターや野獣の体重で作動する踏み込み式だが、とっさの機転でパルス発生装置のディレイを1秒に設定し、すぐさま踏み込みスイッチを手で押した。
ふらふらしている足が、いつ罠を踏んでくれるか分からないからだ。
シュバババババババ!
電撃が走って、ドスファンゴの身体に電流が走る。
目に見えるほどの高圧電流に包まれた大イノシシは、前足を上げ過ぎ、さらには異常な筋反射で全身が反った。
直立したまま硬直し、ついには重心バランスを失って仰向けにひっくり返る。
突然、逆さまになったイノシシの顔が目の前に降ってきて、アイルーが飛び上がるほど驚いた。
「フニャーーー!?」
(早く、早くっ!)
エミリアはドスファンゴの横顔にサイトインしながらも、引き金を引かなかった。
バレル長があり、パウダーの量も多いヘヴィボウガンと違い、軽ボウガンの麻酔弾は標的の外殻を破れない可能性がある為、撃ち込み式ではなく、弾頭破砕後に拡散して吸気させる仕様になっている。
それでも、かなりの初速で撃ち出された弾頭が破裂すれば、その飛散範囲は広くなる。
アイルーも吸ってしまう危険性があった。
猫人族はたいていの事では死なないと聞いてはいるが、小さな身体で高濃度の麻酔を吸い込んだら、呼吸器に影響が出るかもしれない。
それどころか、筋弛緩を起こして、心筋まで停まってしまうかもしれない。
なんせ、30メートル級の竜族も熟睡するシロモノなのだ。
(あの男が同じ事さえ考えていれば・・・)
彼女は祈るような気持ちでハンターライフルを構え続けた。
(9)に続く
2013/06/04 初版
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