「何でネコちゃんはアイルーって呼ばれてるの、お供なのに? 私が人間って呼ばれるようなものよ?」
「・・・」
アイルーは少し悲しそうな顔をした。
広場になっている空き地の中央には、ギルドの大型荷車が到着し、ドスファンゴを積み上げているところだった。
ディックスはタバコを吸いながら、生真面目そうなギルドの係官と話をしている。
自分は通りかかっただけで、4人パーティーがドスファンゴを捕獲した。
2人は戦闘中の負傷で、すでにネコタクに運ばれている。
1人は応急処置をしてあるが、意識が戻っていないので、荷車に乗せてほしい。
それと、同乗者は女性射手1人。
加えて手荷物が少々と、ベースキャンプを撤収したら、そこでの装備、備品も一式、乗せてほしい。
係官は羽ペンでメモをしており、ディックスは要点と要請を適確に伝えているところだった。
ふいにアイルーがつぶやく。
「お供じゃニャいから・・・」
アイルーは広場の作業を見たままつぶやいた。
積み込み作業が終わったら、当然、エミリアと別れる事になる。
同時にディックスともお別れなのだ。
また“ソロ”として暮らす生活が待っている。
野生アイルーの集落で暮らす事に不満はなかった。
だが、あまりにもざっくばらんに、そして当然のように仲間として扱ってもらえた事、一仕事を終えた後の連帯感が心地よくて、アイルーは寂しくなっていた。
「お供アイルーじゃないの? あんなにサポートが上手なのに?」
「ニャ・・・」
エミリアは驚いていた。
相当、長い間コンビを組んでいても、あそこまで息の合った連携はなかなか発揮できるものではない。
実際、アイルーの放った樽爆弾が、ハンターを直撃するなど日常茶飯事なのだ。
猫背のままで立ち上がり、目に焼き付けておこうとするかのように、じっとディックスや荷車を見ている姿は、寂しさで押しつぶされそうになっているようにも見えた。
別れが迫っているのだと、傍目にも理解できた。
───お供になればいいじゃない。
そんな事を軽々しく口には出来なかった。
アイルーには事情がありそうだし、あの男もただの軍人で、ハンターではないのかもしれない。
狩人はアイルーを連れて歩くのがほとんどだ。
だが、仲介料を払えない、単独行動が向いている、毛アレルギーなどの理由からお供を雇わないハンターも少なからずいる。
エミリアにしても、ギルドからユクモ村に派遣されて来たばかりで、パーティー行動をメインにする為、まだお供アイルーを連れてはいなかった。
そもそも、お供アイルーはギルド公認のハンターにしか随行を許されていない。
それに、正式なお供アイルーになるには、やはりギルドの公認を得るか、同種族またはハンターが保証人にならないと登録ができないシステムになっていた。
どれか、または全てが、この小さな猫人族と男の間に大きな壁を作っているのだろう。
アイルーはひたすら作業を見守っていた。
名乗る時間すらなかった。
剣を触っていた。
自分の毛並みはメラルーに似ているのに、ぜんぜん疑われなかった。
2人で目玉焼きを食べた。
荷車でハンターが運ばれていって、最初は逃げる予定だった。
2人目が運ばれていったら、ダンニャサンが支援に行くと言い出した。
戦闘に誘ってくれた。
何より“助けてくれ”と言われたから、がんばろうと思った。
一人前のアイルーとして扱われたのが一番、嬉しかった。
そして、戦闘突入。
こわくなかったけど、イノシシの顔にはびっくりした。
自分はいつもひとりぼっちだからソロってあだ名で呼ばれている。
本当の名前は分からない。
ダンニャサンにはあだ名で呼ばれたくなかった。
名乗りたくても名乗れないから、男の名前を聞くことが出来なかった。
じっと作業を見つめながら、話し続けた。
矢継ぎ早に、相づちを打つ間も与えず、ただただ話していた。
ロクに口も回らないのに。
隣に座っている綺麗な人間族に、何かを話していないと、きっと泣き出してしまうと思って、そうしたら涙が出るから、この光景が歪んでしまうと思って、そうしたら思い出もぼんやりしてしまうと思って、ずっと話していた。
(12)に続く
2013/07/16 初版
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