彼女はしばらく黙っていた。
突然、不機嫌な物言いをしたので驚いたのかもしれない。
俺自身は学生時代を謳歌した方だ。
レベルに関係なく近場の学校を選んでいたおかげで勉強は楽なもんだったし、運動は小5でいきなり出来るようになって以来、大した苦労もしなかった。
女子が弁当を作ってきてくれたり、バレンタインデーにチョコをもらったりと、学生ならではのイベントも一通り経験している。
はっきり言えば、良い思い出ばかりだ。
だからこそ、自分の間抜けさに腹が立つ事もある。
何も気付かずに俺が楽しんでいる影で、同級生や後輩がイジメを受けていたという事実を社会人になってからいくつか明かされた。
在学中は疲れ切っていて、とても言えなかったのだそうだ。
迷惑をかけたくなかったと言ってくれた友達もいた。
苦しんでいる時に言ってくれれば、言ってさえくれれば。
喉まで出かかったが、当時の俺は気付かなかったし、すでに過ぎ去ってしまった時間だ。
取り返しのつかない事だった。
その苛立ちを表立って、出会って間もない人にぶつけるあたり、青臭いガキのようで我ながら嫌になる。
悔しくて感情をコントロールできないのも自覚している。
自分自身をどうにも出来ないので、黙っている彼女にただ笑顔を向けようとしたが、どうにも情けない顔しかできないようだった。
「すみません。ほとんど八つ当たりですね」
「八つ当たりだったの? じゃあひとつ貸しね。今度、私がイライラしてる時に呼び出すから、その時は八つ当たられて」
にっこりする彼女に、俺は「はい」としか言えなかった。
そんなに歳が離れているようには見えないが、大人の対応だと思った。
もし同い年だったり、年下だったりしたら…女性の方が精神的に成熟しているのか、それとも彼女が特別に安定しているのか。
どちらか分からないが、とにかく彼女は何もなかったような顔をしている。
早く続きを話させろと言わんばかりだったので、俺もそれに合わせる事にした。
それが礼儀だと思ったからだ。
(15)に続く
2018/04/10 初版
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