月曜日ってのは学校全体がどんよりしているようなところがある。
朝礼で「さあ、1週間が始まりますよ! 元気出していきましょう!」と言わんばかりの校長先生の話を聞いても、気分は晴れない。
それどころか、月曜から長話すんなよ的倦怠感が体育館に集められた生徒達を包む。
先生達もどこか眠そうだったり、あからさまに不機嫌だったりと、人に物を教える職業とは思えない表情が多かった。
ぐた〜っとした雰囲気の中、先生と生徒が教えたり教えられたりして午前中の授業が進んでいく。
毎日、繰り返されるこの儀式は、貴重な人生を無駄に浪費していると気付かせる事もなく淡々と過ぎていくのだ。
少し賑やかになるのは、授業の合間にある休み時間と昼休みくらいなもので、放課後に嬉々として部活に出て行く生徒や、廊下で楽しそうに女子と話している男子を見るにつけ、
「彼らは青春してるんだろうな〜」
とぼんやり思っていた。
オレはそもそも熱くなれない男なのだ。
昼休みになり、オレとクラスメートの小野は購買部に急いだ。
ウチの高校には学食がない。
弁当は持ってきたが、2時限目の終わりには空になっていた。
早弁ってやつだ。
熱くなれない人間だって、育ち盛りなんだから腹は減る。
とにかく減る。
というわけでパンを買いに急ぐ。
恐ろしく混むのは毎日の事。
のんびりしていればほとんど売り切れて、いかにもまずそ〜で、腹保ちしなさそ〜なパンしか残ってないという悲劇に見舞われてしまうのだ。
この日の購買部は比較的、空いていた。
「山本、何食う?」
「そうだなぁ・・・コロッケパン、やきそばパン、バターロール、ツナサンド・・・カツサンドもいいな。奇をてらってパスタサンドにしようか・・・う〜む」
「おまっ、それ全部か!?」
「お金がありゃ全部食べたいけど、毎日、購買で買ってると小遣いがなくなっちゃうからな・・・1つに絞る」
真剣に選び始めるオレを見て、小野が苦笑する。
「お前、休み時間に弁当食ってたもんな。そりゃパン代くれとは言えないか」
「ん? ああ。あ、すみません、マヨコーンロールを2つ下さい」
「燃費悪ぅ・・・1つってのは1種類って意味だったんだな」
「呼吸してるだけなのに腹が減るんだよ」
早弁をしていない小野はクリームコロネを注文した。
普通と言うよりも小食気味な小野が少し羨ましかった。
「山本くんに部室に・・・」
教室のドアあたりで誰かがオレの名前を呼んだ気がした。
だが、オレは窓の外を見ながら食べるのが好きなので、ドアは背中越しだ。
そんなに興味もない。
今、最大の興味はあと一口しか残ってないマヨコーンロールだったりする。
小野と一緒に食べ始めて、腹にしまい込んだのも一緒。
オレは食べるのが早いのだ。
消化も早いのが難点だが・・・。
「あ、藤原先輩だ」
小野がまだもぐもぐやりながら、オレの後ろを見て言った。
通りかかったのを見かけたのかもしれない。
「いいなぁ、お前は」
「そうか? しょっちゅう腹が減るのも困りモンだぜ?」
「食欲じゃねーって。藤原先輩だよ」
「ああ、そっちか」
盛大にため息をつかれた。
お前は食べ物のことしか興味ないのかと言わんばかりだ。
仕方ないじゃないか、お腹が空くんだから。
心底、羨ましそうな顔をして、小野がぼやく。
「すげー美人じゃん。俺もAV研究会に入ろうかなあ・・・」
「PMだ、PM! プリントマシン!」
「日がな一日、印刷機の分析してんだろ?」
「ま、まあな・・・」
オレはだいたいラノベを読んでるか、P乙Pやってっけど。
真面目に分析してるのは部長だけ。
藤原先輩は難しそうな本を読んで、紅茶を飲んでいるのが常だし。
「その部活内容を聞くと、一気に入りたくなくなるんだよ」
「気持ちはよく分かる」
その時、クラスの女子が近くに来た。
「山本くん、藤原先輩が部室に来てって」
「ん? 今すぐかな」
「わかんないよー」
「だよな、ありがとう」
「確かに伝えたからね。あんな綺麗な先輩、待たせちゃダメだよ」
コロコロと笑いながら、女子が離れていく。
教室で昼ご飯を食べている他の女子とキャイキャイ騒がしくしゃべっているのは、たぶん先輩について盛り上がってるんだろう。
ちなみに藤原先輩ってのが、オレを誘ってくれた読書女子だ。
藤原 咲(ふじわら・さき)先輩。
背中まであるんじゃないかと思える髪をポニーテールにしていて、スラっとしている。
おとなしくて、色白。
ほっそりとした印象だが、小野に言わせると体操服を着ているところを見たらボンッキュッボンッ!だったんだそうだ。
確かに美人なんだろうけど、あまり話さないし、冷たい印象の目がおっかないので、周囲がどんな噂をしてようが、羨ましがられようが、オレには興味がなかった。
美人と言ったら、やはり隣の家に住んでいる静ちゃんの方が清楚でおしとやかで美少女っていう形容詞がよく似合うわけで・・・いや、この話は長くなるからやめておこう。
「ほれみろ!」
「ん?」
「女子まで味方するほどの美人だぞ。あ〜羨ましい」
「放送部にもけっこう女の子いるだろ?」
チッチッチ、と人差し指を振りながら、舌を鳴らす小野。
意外にも深刻な表情をし始めた。
「可愛いのは声だけな。昨今の声優とは事情が違う! まるで違う! 人外大魔境もいいとこな!」
「お、おい・・・」
「中学の時は囲碁・将棋部にいて暗〜い男共の巣窟だったわけよ。高校で華やかな放送部に入れば女子アナ級がい〜っぱいいるだろ♪ って思ったらモンスターが徘徊するダンジョンだった! 詐欺だと思わないか!?」
「あー、なんていうかな・・・」
「そう思うだろ!?」
「ウチのクラスにも放送部員がいるってことと、自分の滑舌の良さと、発声量の豊富さを自覚した方がいいんじゃないかな」
「ハッ!?」
小野の後ろには、女子が4人ほど腕を組んで立っていた。
ほぼ無関係と思えるオレにも殺気立っているのが分かるほど、負のオーラを発散しながら。
彼女たちはもちろん放送部員だ。
「う、う、うちのクラスの放送部員はかわいいお♪」
「あらそう? うれしいわ」
声がひっくり返っている小野を取り囲んで、ぜんぜん嬉しくなさそうに言う女子達。
「山本くん、早く部室に行きなさいよ」
「あ、ああ・・・」
「私達はコレと話があるから」
「そ、そか・・・悪いな小野・・・」
「ちょ! 待て、山本! 1人にしないでけろ! 待っ・・・へぶ! はぎゃああああ!」
古典的に表すなら、ドカ!バキ!グシャ!ってところだろうか・・・。
グロい惨劇は見るまいと、後ろを振り返らずに教室を出て行く。
すまん、小野。
お前にサンドバッグの才能があるなんて知らなかったんだ。
午後の授業の前に保健室で絆創膏でももらっておいてやろうと思いながら、オレは部室棟へと向かった。
(3)に続く
2012/02/2/28 初版
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