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学院騎士 サンガイオン (3)
大和武尊

 部室棟というのは体育館に接する旧校舎で、現在の本校舎から渡り廊下で繋がっている。
 渡り廊下の突き当たり正面をそのまま入れば体育館、その渡り廊下に沿ってびっしりとドアが並んでいるのが部室棟になる。
 上から見れば大きな凹型で、どの建物にも陽が当たるようになっているため、いつも暗いのは渡り廊下だ。
 コの字で開いている所が校庭になり、プールは体育館の上に付いている・・・というよりも、体育館の屋上そのものと言っていい。

 戦前からある木造の建物というのが旧校舎のイメージかもしれないが、多少、汚れているだけで旧校舎、つまり部室棟は鉄筋コンクリート製の2階建て。
 元々はベビーブームの際に作られた急ごしらえの増築校舎で、階段が外に付いているアパートのような構造だ。
 その後、生徒数が減っても、本校舎改築時の仮校舎にしたり、受験会場にしたりと便利だったので残してあったものが、現在、部室棟として使われている。
 というわけで、歴史もなければ、怪談のネタもなく、不良が溜まり場にする所もないという、実に面白みのない学校だったりする。

 渡り廊下の中頃まで歩いて部室棟の方へ逸れた。
 間隔を空けて並んでいるドアには、それぞれの部名が書かれている。
 大ざっぱに運動部は1階、文化部は2階に分けられている。
 運動部の方が出し入れする用具が多いからという配慮なんだという。
 毎日、放課後になると時間を惜しんで校庭にすっ飛んでいく運動部員は、たしかに大変そうだ。
 スパイク、バット、ボール、ネット、ハードル、ラケット・・・等々、それぞれの部で必要なスポーツ用品を持って階段を上り下りするのは危なそうだし、何より重量のある備品もあるから2階でドタンバタンやられたのではたまらない。
 そういう意味もあるのだという。

 実際には“見回りがラク”という顧問側の理由もあるらしい。
 本気でスポーツにおいて事を成そうと思えば、足腰の強化は基本になる。
 階段の上り下りが自然と運動になる2階の方がいいはずなのだ。
 しかし、一種、封建的な運動部では行きすぎた“指導”が問題になる事が多々ある。
 先輩生徒が後輩生徒に行う、いわゆる鉄拳制裁だ。
 どちらかと言えば、パワーの有り余っている彼らは喫煙などに走ることもある。
 ウチの生徒は、運動部員も文化部員もそんなに気合いの入ったアウトローはいない。
 一般的なイメージではなく、一昔前にはそうした事態が全国的に横行した為、顧問や用務員、手の空いた教職員が意味もなく運動部室の前をブラブラするようになったという慣習が今も残っているそうだ。

 このあたりの裏事情は、あらかた藤原先輩が教えてくれた。
 その先輩が待っているらしいPM研究会の部室は2階の西端にある。
 すぐ下は女子バレー部、隣は英語部。
 閉鎖空間を好む学生は角部屋を嫌う。
 窓が多いからだ。
 小さい頃に作りたがった秘密基地の名残かも知れない。
 特にこだわらないPM研究会は即、階段を上がったすぐのところにある隅っこの部屋に決まったのだそうだ。

「失礼します」

 ノックして入った。
 藤原先輩はすでに来ていて、座っていた。
 窓際に置いた長机にはサイケデリックな布に包まれた箱らしきものが置いてある。

「いつも礼儀正しいのね」

 読書女子が本校舎では見たことのない微笑みを浮かべた。
 こうして見ると、クラスメートが綺麗だ綺麗だと騒ぎ立てるのも分かる気はする。
 後ろに窓があって逆光だからか、先輩の笑顔が眩しかったのか、自分でも分からなかったが少し目を細めた。
 角膜が弱いのだ。
 天気の良い日に塗りたての横断歩道なんて見れたもんじゃない。
 眩しいのが苦手なんだ。
 そうに決まってる。
 だいたいオレには静ちゃんがいるじゃないか。
 フッ・・・あの日溜まりのような笑顔を玄関先で見られれば、一生独身だっていいんだぜ。
 まあ、そのうちお嫁に行っちゃうんだろうけど・・・。

「山本くん?」
「あ・・・」

 妄想の世界に浸ってしまった。
 ちょっと照れくさいのでそっぽ向いて用件を聞く事にした。

「先輩、ご用があると聞きました」
「山本くん、まだお腹空いてる?」
「へ?」
「いつも購買部でパンとにらめっこしてるでしょ」

 藤原先輩がクスクス笑う。
 こんな先輩を見るのも初めてだ。
 見られてたのか・・・。
 ちょっと恥ずかしくなった。

「え、ええ、まあ・・・今日も早弁して、パンも2つ食べたんですけどね、ハハハ」
「育ち盛りだもんね」
「2年になってから急激に大食漢になりました」
「ひょっとして気付いてない?」
「何がです?」
「今のまま整列してたら、後ろの生徒から苦情が来るのは時間の問題だと思うな」
「?」
「背が伸びてるの」
「ええ!?」

 それは気付かなかった。
 身長も平凡で、ずっと真ん中だったはずなのに。
 成長期は終わったと思っていた。
 高2って言ったら、早い人は受験勉強をし始める時期だ。
 部活や委員会では主力となるし、外見も中身も頼もしくなる生徒は多い。
 その時期に成長期って・・・遅すぎないか。

「お弁当食べる?」
「え?」
「今日ね、調理実習があるのを忘れて作ってきちゃったの。良かったら食べてくれない?」
「いいんですか!?」
「うん、これ。どうぞ」

 サイケデリックな布は弁当箱を包んでいるナフキンだったようだ。
 別段、不器用というわけではないのだが、じっと見られているとうまく手を動かせなくて、なかなか解けない。

 ちゃっちゃと結び目を解いていくのは、無機的というか無礼というか申し訳ない気がして、そ〜っとそ〜っとほどいた末に、ようやく広げてフタを開けることが出来た。

「おおーっ!」

 ショウガ焼き弁当だ。
 しっかり味の浸みていそうな色、肉汁を充分に吸ったであろうご飯。
 豚肉の下には千切りのキャベツが敷き詰められているらしい。
 これは文句なしに美味そうだ。
 いんげんのゴマ和え、ひじきの煮付け、卵焼きも添えてあって、見た目にも料理として完成しているのが分かる。
 おかずの仕切りになっているのはかまぼこと鮭の味噌焼きである。
 男が作った弁当でショウガ焼きだと、まず真っ茶色なのが定番だ。
 色にこだわらないのは、女性よりも遙かに繊細さに欠ける男の特徴だろう。
 視覚から食欲を刺激してくるという、女性ならではのお弁当と思いきや、ボリュームは男並み。
 弁当箱の大きさはパソコンのキーボードの半分くらいある。
 高さも指3本分。
 食べ甲斐がありそうだ!。

「いただきまーす!」

 おかずを少しずつ、肉とご飯は一緒に口に放り込んでいく。
 人のお弁当だから雑に食べてはいけないと思っていても、美味しさが手伝って、食べる速度は加速した。

「それだけだと野菜が足りないからコレ」

 野菜のミックスジュースを置いてくれた。
 ストローまで差してあるという、まさに至れり尽くせりで感激まで覚える。
 カッコミ気味に食べているので、どうしても喉が詰まってくるのだ。
 そこにジュース!

「あひがとぅございまふ、めっちゃうまひっす!!」
「良かった」

 ハムスターかなんかのように口に入るだけいっぱいに頬張らせながら、何とかお礼を言う。
 隣の椅子に座って、こちらをニコニコしながら見ている先輩。
 ちょっと恥ずかしいが、それよりもボリュームと味で満たされていくお腹が嬉しい。

 この部室棟は旧校舎だけあって水道は付いている。
 しかし部室の中にはガスや調理器具の類は一切なかった。
 水は廊下で汲み放題という事で、PM研には部長が持ち込んだティファールの湯沸かしポットが置いてある。
 藤原先輩はちょうど食べ終わる頃に2人分のインスタントコーヒーを入れてくれた。

「ふ〜〜♪ ごちそうさまでした。本当にもの凄く美味しかったですよ! あ、すみません、後輩のオレが入れなきゃいけないのに」
「ふふ、おそまつさま。コーヒーを入れる役は決めてないから気にしないでいいのよ。それにこれだけ食べたら午後、眠くなっちゃうでしょ?」

 か、感動だ!!
 先輩の気遣いに心底、感動した。
 たった1年違うだけで、こんなにも大人になれるものなのか。
 いやいや、オレが来年、同じ事を出来るとは思えない。
 藤原先輩が2年の時はきっとオレよりも大人だったはずだ。
 コーヒーをいただきながら、そんなことを呟くと、先輩が微笑んだ。

「そんなことないよ。私も“大人の対応”をいろいろ見せられて、こう出来たらいいなって思っただけ。今日、そう思ったって事は、山本くんも後輩にコーヒーを淹れてあげられる先輩になれるって事」
「お昼休みにお弁当を食べるだけで、人間は成長できるんですね・・・」
「ふふ、そうね」

 それ以上の会話もなく、何となくコーヒーを静かに啜っていると午後の授業が始まる予鈴が鳴った。

「あ、こんな時間だ。先輩ごちそうさまでした。お弁当箱はあとで洗って部活の時にお返します」
「いいよ、帰ってから洗・・・」
「ダメダメ! それだけはさせて下さい。美味しいものを食べさせてもらったせめてものお礼です」

 言うだけ言って、駆けだした。
 午後イチの授業は体育だ。
 速攻で着替えて、グラウンドに出ていないと楽しい15分間マラソンが待っている。


(4)に続く

2012/03/06 初版

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