次の朝、オレは朝食のパンを食べながら、オフクロに自分が如何に子供だったかを話した。
そして、それを知っていてなお、普通に接してくれていた友達や先輩がありがたいかを。
台所で2人分の弁当を作っていた(オヤジも弁当派なのだ)オフクロは、シンクに向かって適当に聞いている風だったが、いつものようにテーブルに弁当を置いてくれた時、「ありがとう」と言ってみた。
オフクロは何も言わずににっこりしていた。
そこに髭を剃りながら歯を磨くという離れ業をしながら、新聞を小脇に抱えてダイニングに入ってきたオヤジが、
「かーひゃん、こーひー」
と言いながら、椅子に座る。
これまた、いつもの光景だ。
どれか1つにしなさいな、とたしなめられるも、オヤジは耳がないような顔をしている。
「タケル」
「ん?」
「オレにもとーちゃんがいたんだ、実は」
そりゃそうだろうと思った。
祖母が細胞分裂したとは思えない。
「タケルのじーちゃんにあたる人だな」
「ん、分かるよ」
「タケルが生まれた時、親父つまりタケルのじーちゃんはこう言ったんだ。“坊やの床屋代にしておくれ”ってな」
な、なんの事だ?
いつもながら、オヤジの話は唐突かつ突拍子もない切り口だ。
「じーちゃんもとーちゃんも“びよーいん”なんてハイカラなものは知らん。だが、今や世界は小さくなったと言えるだろう。なんだろー君のあらゆる質問に答える物知り博士的ツールである、インターネットという情報取得装置で朝まで検索したところ、その野郎は床屋っぽいという事実が判明した」
オフクロがコーヒーを置いたあと、背中を向けて肩で笑っている。
朝まで検索してたって・・・。
「その時のだ。持ってけ」
オヤジが1万円札を2枚出してテーブルに置いた。
今や目にすることのない聖徳太子バージョンだった。
本当にお祖父さんがくれたものだろう。
筆で書いたと思われる字で“御髪斬り代にて候”と表にある封筒も一緒に。
ドエライ達筆だ。
つーか、大正生まれにしたって時代がかっている。
「ちょっと待ってよ!」
「なんだ?」
「そんなに高くないよ。それにまだもらった小遣い残ってるって」
「かーさんがタケルの髪を切らなくなったら渡そうって決めてたんだ」
オヤジはそう言うと、そっぽ向いてコーヒーを飲みだした。
くすくす笑いながらオフクロがオレの分のコーヒーをテーブルに置く。
「もらっておきなさいよ。お父さん、タバコ代がなくなってもそのお金には手をつけなかったんだから」
「そっか・・・って、オヤジってタバコ吸うのか!?」
心底びっくりした。
背広がタバコ臭いことはしょっちゅうだが、会社の同僚が吸っていたり、飲み屋で移った臭いだと思っていたのだ。
家で吸っているところを見たことがない。
「日に2箱は吸うぞ」
「タケルが生まれてから“あいつには微々たる煙も吸わせねえ!”って、ずっと外で吸ってたの知らなかった?」
「よけーな事を言うんじゃない、かーさん。いいから持ってけ。余ったらガッチャメンのメンコでも何でも買えばいい」
いや、逆にそんなんプレミア付いちゃって買えないんですが・・・。
何だよ何だよ、皆して。
オレが成長するのを黙って見守ってたような事してさ。
涙腺が緩んじゃうじゃないか。
「あ、ありがとう。これ髪を切るためだけに使うよ。余ったらとっとく」
「おいおい、礼なんて言うんじゃねーよ気持ち悪ぃ・・・礼ならじーちゃんの仏壇に線香でもあげとばいいんだよ」
か、感動だ!
オレは食べ終わってから、すぐさま仏壇に線香を上げた。
線香だ、ロウソクだ、位牌だとごちゃごちゃ置かれている上に、花や仏具が所狭しと並べられている。
考えてみれば線香をあげるのは久しぶりだ。
小さな仏壇の中に、さっき見たのと同じ字を見つけた。
「何だ、これは?」
位牌の前に、メモ書きのように置いてある。
重し代わりなのか、なぜか差し歯がその上に鎮座していた。
<誤りを正す力有する者、其れを以て真の義を成すべし。刃を以て邪を絶たん、全ては民の為に>
よくは分からないが、何となくカッコイイと思った。
(11)に続く
2012/12/18 初版
|