腹が痒かった。
ポリポリ。
治りかけの傷にカサブタが出来る時分、こんな感じで痒くなるんだった。
ガキの頃はよく転んで膝を擦りむいたもんだよ・・・。
それにしてもまぶしいな・・・。
電灯を点けたまま寝ちゃったのか?
あ、そうだ。
オレ、斬られたんだよな・・・これが死後の世界?
あまり視界がはっきりしていない。
それでもSFチックな部屋みたいだってのは分かる。
壁も天井も銀色っぽい。
まるで古い映画に出てくる宇宙船の中みたいだ。
オレはどこにいるんだろう?
床に寝てる?
冥府ってのは意外に未来っぽいんだな・・・。
いいや、もう少し寝よう。
閻魔の部下が起こしに来るだろうよ・・・どうせ死んだんだから。
*
ううぅ・・・まぶしいよ。
それになんかウルサイ。
ハム音か?
バカデカいスピーカーでも近くにあるような感じだ。
「う、うぅ・・・」
「気が付いタカ?」
意識と視界がはっきりした。
目の前にはどこからどう見ても、夢で見た顔がない真っ黒な“何か”が浮いている。
例えて言うならノーデンスに仕えている夜のゴーントっぽい気がしないでもない。
身長はオレの上半身ぐらいか?
意外に小さいな・・・。
「気がついたようダナ」
「え?」
しゃべってる!?
顔ないのに!
耳障りなしゃがれたような声だ。
「私はゴント。キミは死んだノダ」
やっぱりか・・・。
ハッキリ言われるとショックだ。
死後の世界ってのはどうしてこうメカメカしいんだ・・・。
川の向こうにお花畑があるんじゃなかったのか?
「ここは私の宇宙船タカマガハラ号の中・・・キミを間一髪で救ったノダ」
「そ、そうですか・・・」
えっ!?
宇宙船の中だって?
ってかオレ、死んでないのか!?
「あ、あの・・・オレはどうなって・・・」
「ついに奴らが動き出したらしイナ」
この宇宙人っぽいの、オレの言うこと聞いてないよ。
成績表に“人の話をよく聞かない”って書かれたクチだろ。
「私はずっと監視していたノダ」
「な、なにをですか?」
「あの学院は悪意ある存在の本拠地とシテ、ついに活動を始メタ。唯一、普通の学生でありながら悪の野望に気が付いたミマエ・シズカの危機をキミは救おうとシタ。だから、まっぷたつになったアト、急いでくっつけたノダ」
ちょっ!
まっぷたつだったのかー!!
思い切り死んでるよ、それ・・・。
しかも急いでくっつけたって・・・プラモじゃないんだから。
「私達は今、時間の流れの外にイル。キミの失血もほとんどなかッタ。吹き出した分以外ハネ・・・」
「あ、ありがとうございます」
「キミにはこれからもミマエ・シズカを守ってほシイ」
そりゃあ、言われなくても守りたいよ。
・・・でも、また斬り殺される気がする。
あ、でも時間の流れの外にいるって事は、まだ静ちゃんは無事なのか。
「守りたいと思っています・・・」
「ウム、そう言ってくれると思ってイタ。それからあの学院も守ってほしいノダ」
え?
「なるべくならこの国モネ」
国も!?
「・・・余裕があったらついでに世界も守ってほしいノダ」
ナ、ナンダッテー!?
静ちゃん以外の規模が大きすぎる気がするんですけど・・・。
ってか、どうしてオレなんだ?
いや、待てよ。
オレってひょっとしてものスゴイ潜在能力があったり、選ばれし勇者的ポジションだったり・・・。
「あの2人を救おうとしてくれたノデ、治したら元の場所に戻しておこうと思っタラ、キミが目覚めてしまったノダ。姿を見られてしまっては仕方がナイ」
おい・・・。
仕方がないって・・・。
思いっきりアクシデント扱いかよ!
勇者的ポジションじゃないのかよ、トホホ。
「・・・」
「・・・」
「守ってほしいノダ!」
押しが強い宇宙人だな。
まあ、国や世界はどうでも静ちゃんくらいは守りたいけどさ。
「そうか、やってくれルカ! そう言ってくれると信じてイタ!」
「い、いや引き受けるとはまだ言って・・・」
「キミを助けた甲斐があったというもノダ」
「は、はい・・・」
だから、人の話を聞けよ、まっくろけのクセに。
助けてやったって、さりげなく恩を売るあたり、この宇宙人タダモノじゃないな。
「しかしキミは弱イ、そして敵は強イ」
「・・・な、何度も殺されると思います」
「ウム、そこで銀河刑事セットを託そうと思ウ」
「おおっ!」
それはスゴイ!
実はスーパーメンや戦隊ヒーローに憧れてた時期があったわけですよ。
藤原先輩に聞かれて、ちょっと答えたけど、本当の事を言えば、めっちゃなりたかった。
なれるなら、いっつもカレー食ってるポジションでもぜんぜんオッケー!
いざという時に変身して敵をやっつける!
カッコイイよね。
男なら誰だって憧れる時期はあると思う。
銀河刑事だって!?
戦隊どころかピンじゃん♪
また例によって、顔に嬉しさが出ていたのか、それを見たゴントがうんうんと頷いている。
細っこい腕を組んで。
「さ、こレヲ・・・」
カラフルな布の紐を差し出してくる真っ黒な宇宙人。
クソの役にも立たない王様が、騎士に剣を渡すようなおごそかな仕草だった。
やけに細いけどなんだろう?
もっとこうゴテゴテしたブレスレットとかバックルみたいな感じで、いろんな機能が付いてたり色々光ったりしそうなモノではないのか。
何て言うか、擬音で表すとクルクルクル、ギュィィィン・・・シャキーン! ピカアァァ!みたいな?
いやいやいや、んなモンは大げさなだけで、ホンマモンの変身ヒーローってのはこうして地味なもんなんだよ、きっと。
「あの、これは・・・?」
「よく聞きたマエ」
「は、はい」
「これはミサンガ、ダ」
えええ!?
今時!?
やけにカラフルだとは思ったけど、ミサンガって・・・。
パワーストーンブレスレットより遙か昔に流行ったアレかよ。
ずっと腕に巻いてて、それが切れると願いが叶うらしいけど、切れるまで付けてた人なんていたのか?
「変身したいと強く願いながら引きちぎルト、キミは特殊装甲に包まれるノダ! カッコイイ装甲ダヨ」
ダヨって!
しかも願ってから自分で引きちぎるって・・・セルフサービスでムリヤリ願いを叶えるのか!?
そんな変身ヒーロー聞いたことないよ・・・。
「あまり乗り気じゃなさそうダナ・・・」
「い、いえ・・・あの、参考までに聞きたいんですが」
「ナニカネ?」
「他のはあるんでしょうか?」
「ミサンガは嫌カネ?」
「い、いや他のはどんなんかな〜っと」
「他にもアル」
「おおっ!」
やっぱりね。
ポーズを決めながら、ピキーンって光るカッコイイ、いかにも変身できます的なアイテムがあると思ってましたよ。
そうこなくっちゃ。
チェンジ、チェンジ。
「これは差し歯を抜くと変身するサシバリオン」
「・・・」
「キミは前歯が抜けてないからダメ」
「・・・はい」
「奥歯タイプはだいぶ前にあげちゃったから残ってナイ」
「そ、そうですか」
その人、絶対、変身する瞬間を見られたくなかっただろうな。
奥歯に手を突っ込んだら「変身っ!」とかも言えないし。
「これは赤いチャンチャンコを着ると変身できるカレキダー」
「・・・」
「キミはまだ還暦を迎えてないのでダメ」
「・・・は、はい」
ひょっとして、正義の味方が正体を誰にも明かさないのは、恥ずかしくて明かせなかったとか?
「これはコンタクトレンズを入れると変身出来ルガ、キミは目が悪くないからダメ」
「た、たしかに目は良い方です・・・名前はあるんですか?」
「メーワルイ」
そのまんま!?
カッコワルー!
「もうミサンガでいいです・・・」
「そう言ってくれると信じてイタ」
一応、銀河刑事だし、カッコイイらしいからいいか。
名前は何だろう?
「大事な事を忘れてイタ。逮捕権はナイ」
「え?」
ナゼ!?
刑事なのに?
「銀河法と日本の刑法は違うカラ」
「いや、それかなり困るんですが」
「これまでに派遣した銀河刑事達はずいぶんと活躍してくれたのダガ・・・」
これまでにも派遣してたのか・・・。
ってことは何だ?
ギ○バンとかシ○イダーとかはあながち創作ってわけでもないのかな???
「刑事なのに逮捕せズニ、即決裁判&死刑執行なのはヤリスギではないカト、悪の組織協同組合から抗議の声が上がっテネ」
言われてみれば毎週、殺してたな。
ってか、悪の組織に組合があったのか。
奥が深いぜ・・・。
「いろいろソコラヘンで問題があるノデ、キミは銀河刑事とは名乗らずに適当な別の名前でよろシク。ポーズとかも自由。引きちぎるだけダシ」
「ちょっ!」
肝心なそこらへんも全部セルフサービスかいっ!
しかも銀河刑事って名乗れもしないのかよ。
今日、何回目か分からないため息が出た。
「そのかわり倒しまくってイイ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「守ってほしいノダ!」
「分かった分かった、分かりましたよ」
「ウム、そう言ってくれると信じてイタ」
無理矢理、言わせたんじゃねーか!
今、ちょっと黙ってる時に腰の光線銃か何かに手をかけようとしなかったか!?
「ところで、武器とかはあるんですか? カッコイイ乗り物とかあると移動に便利で・・・」
「それなら必殺の武器がアル。もちろん乗り物モ」
「おおっ!」
テンション上がってきたー♪
武装付きスーパーカーみたいので、静ちゃんをドライブに誘ったりできたら最高だよ。
やっぱり、少しは役得も欲しいからね。
ゴントが4メートルはあろうかという、長い筒を引きずってきた。
隣の部屋から持ってきたらしい。
他にもいろいろ持っている。
「これはフォトンバズーカ。どんな敵も一発で消滅スル」
これはスゴイ!!
オレもう無敵!?
いきなり必殺兵器の登場ですよ。
「持ち歩く時は日本政府の火器携帯許可証が必要なので取得したマエ」
「え?」
「日本政府のグリーンカードがないと持ち歩けナイ」
「あ、あの亜空間から出現するとかそういうサービスは・・・」
「タカマガハラ号から光速で打ち出すこともデキル」
「ほっ」
「ただ光の速度でバズーカがぶつかると、特殊装甲でも穴が空くのでオススメはできナイ」
「・・・」
銀河刑事のシステム自体に問題ありだよ・・・。
打ち出すとかそういうレベルじゃなくて、発砲してるって、ソレ・・・。
「これは接近専用のメガ粒子ブレード。何でも斬レル」
キターーー−−−!
バズーカは諦めるとしても、光るブレードは憧れ武器のひとつだし♪
しかも何でも斬れるって最強過ぎる。
カッチョイイ!
充分に強度のある円筒形のグリップにパワーユニットが入っているらしく、けっこうずっしりと重い。
ゴントがおおざっぱな説明をしてくれた。
ただの懐中電灯にも見えるが、光が当たった所が切れるのと、一定の長さで光が留まっているのが最大の差だろうか。
彼の説明は、要するにこういう事だ。
グリップから放出されたエネルギーは高密度で直線のビームとなり、プラスの電気を帯びたエネルギー・レンズによって拡散される事がない。
ここがライトと違うところだ。
光が広がらないという意味ではLEDライトにも似ているが、どこまでも直進する光と異なるのは、カメラと蛍光灯に似た構造による。
放出されたエネルギーはマイナスの電気を帯びた高エネルギーの絞りによって、即座に武器に戻される。
このサイクルが繰り返されることにより、連続的に高温のブレードが維持される。
戻ってきたエネルギーは超伝導体によってパワーユニットまで戻りきる。
懐中電灯の光が一定の距離まで進んだら戻ってきて乾電池まで戻るって仕組みだと思えばいい。
どうやってるのかは不明だが、この往復運動は完全に制御されているので熱やエネルギーロスは発生しない。
ブレードが対象に当たった場合にのみ、パワーユニットの減衰によるエネルギーロスが生じる。
つまり斬ったり溶かしたりが可能になるわけだ。
もうこれ、完璧すぎる未来武器っしょ♪
がんばれば、現代日本の技術でも作れそうなところがイイ!
「ア、銃刀法の関係でブレードは5.4pしか出ナイ」
「ハアッ!?」
「普段はグリップだけで使うときに刃が形成されるノデ、法規上は飛び出しナイフ扱いになっテル」
「え? ちょ・・・」
「折りたたみナイフや飛び出しナイフは刃渡り6センチまでだかラネ」
「ろ、6センチまでなのに、何で5.4・・・」
「アア、平成21年12月4日に銃刀法が改正されテネ。両刃の剣類は5.5センチ以上だと携帯しちゃいけナイ。メガ粒子ブレードは両刃どころか光ってる部分なら全部切れるかラネ♪」
ネ♪って!
なんでそこまで日本政府に気を遣うかな・・・。
5pやそこらの刃を敵に当てるって、ほとんど格闘戦だよ。
どう見たってグリップの方が長いし。
相手は刃渡り1メートル以上のだんびらをブン回してるんですけど・・・。
「乗り物はコレ。出力950馬力、最高速度400q/hオーバー、デザインはランボルギーニでミサイルもビームも出るし、空も飛ベル!」
「あの・・・それって乗るには・・・」
「国際A級ライセンスとパイロットライセンスだけでイイ。走る時は走行区間を自治体に申請して特別走行許可証を発行してもらッテ・・・」
「全部いらないです・・・」
「エ? あとはマグナムキックとハイパーパンチしかナイ・・・」
ついに殴る蹴るだけかよ・・・トホホ。
妙なモンと人間をくっつけた、なんとか怪人とか出てきても倒せない自信がある。
はぁぁぁぁぁ・・・。
「なんかヘコんできた・・・」
「どうしたノダ?」
「特殊装甲以外にいいとこないじゃないですか」
「ミサンガからマイナスイオン出てルヨ」
「・・・」
「もの凄く出てルヨ?」
「・・・」
「戦闘中にもリラックス出来るから恐怖心とは無縁ダヨ?」
「わ、わーい」
「・・・棒読みダナ」
喜べるもんかいっ!
銀河刑事って名乗れないし、キックとパンチだけだし、移動は徒歩だし、変身ポーズはセルフサービスだし、変身アイテムはほっそいヒモだし、名前がそもそも決まってねーし!!
助けてもらってなかったら、コレ引き受けてないよ、オレ。
「キミは選ばれたノダ」
さっき、仕方ないからって言ってたじゃん。
「地球ではかなり昔から、銀河刑事セットをいろんな人に渡してるんダヨ」
「そ、そうですか・・・」
「彼らは皆、偉人!」
「え?」
「最初はアレキサンダー大王にあげたノダ。彼は凄かッタ。我々の装備を使って、フリジアの王ゴルディオスが編み出した恐ろしく難解な結び目の謎さえも解いたノダ!」
あ〜、ヨーロッパからインドだかパンジャブだかまで侵略してきた大王ね。
「結び目の謎を解いたんじゃなくて、剣で叩っ切ったって伝わってますが・・・熱病に冒されて30代で死んでます」
「・・・」
「・・・」
微妙な沈黙が流れた。
「つ、次に渡したのはジュリアス・シーザー。ローマ帝国の有名ナ・・・」
「ユリウス・カエサルはエジプトくんだりまで侵略して、美人の嫁さんもらったあとで、ブルータスてめーもかって言いながらメッタ刺しにされましたね」
「・・・」
「・・・」
耐え難い沈黙が流れた。
「そうそう、ナポレオン・ボナパルトにも渡したんダヨ」
「皇帝になったあとで調子コイて雪国に攻め込んだら大負けして、島流しにされた先でひっそり死んだそうです」
「・・・」
「・・・」
重苦しい沈黙が流れた。
「最近じゃ、アドルフ・ヒトラーに渡シテ・・・」
「史上最悪の大量虐殺をしたあと、地下で愛人とピストル自殺しました」
「エ・・・? じゃあ南極にいるのは誰ダ・・・?」
その噂、本当だったのか!
矢追せんせーもビックリじゃん!!
「あの・・・」
「ナニカネ?」
「全員、帝国を作ってロクな死に方しなかったイカレ野郎なんですが・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
まっ黒のクセに汗を拭うような仕草をするゴント。
まさか、今、事実を知ったんじゃないだろな・・・。
「ま、守ってほしいノダっ!!」
「はいはい・・・」
よく聞けば、歴史に名を残した人だけでなく、ちょいちょい正義感の強い一般市民にも渡してきたらしい。
さっきも奥歯タイプはだいぶ前にあげちゃったとか言ってたし。
その中に口が軽いのがいたか、TV関係者がいて、変身ヒーローシリーズを作ったのかもしれないな。
変身前からこんだけ制限事項を聞かされれば、そりゃどんなに視聴率を稼いでも3クール以内で放送終了するのも分かる。
はっきり言って、この仕事は超ボランティアだ。
「コホン・・・そ、それでは時間の流れに戻ロウ。キミは倒れた場所に戻ル。いいカネ?」
この野郎は質問してきてるんじゃなくて、全部、強制なんだよなぁ。
元の場所に戻されるらしいけど、またあの能面軍団に会うのは憂鬱すぎる・・・。
いや、でもおかしいだろ。
日本刀を振り回す能面かぶった奴に斬り殺されたり、宇宙船に運び込まれて銀河刑事セットをもらったり・・・。
「今さらだけど・・・夢とか? かなり悪夢な感じの・・・だんだんそんな気がしてきた」
「・・・」
「うん、夢だ。だって、ヘンな夢を連続で見た日があったし、その続きだな、きっと」
「・・・」
「このまっくろけも夢に違いない」
ゴントがポスター大のプリントアウトを持ってきた。
「タカマガハラ号に運び込んだ時のキミの画像」
「ブッ!」
まっぷたつじゃねーか!
「こっちは切り口の断面」
「ギャアアアアアア」
ギャアアアァァァァァァァ・・・・・・
・・・・・・
・・・
(13)に続く
2013/01/15 初版
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