暗い会場に一条の光が現れる。
スポットライトが舞台を照らす。
幕が上がるその瞬間、物語は始まった・・・。
「やっぱり誰も来てくれないわ・・・。私、一生懸命お茶会の用意をしたのよ。みんなにとって私の存在は一体何なのかしら、誰にも受け入れてもらえないのかしら。私は不思議の国へと迷い込んでしまったアリスなのですね」
薄暗い体育館の中に、高く澄んだ切なげな声が響いた。
舞台には真っ白なテーブルクロスで覆われている丸テーブルが2つあり、その上にティーセットと華やかな菓子類が並べてあった。
丸テーブルは、客席から見えやすいように少し舞台正面に向かって斜めになっている。
「アリス・・・。わかって欲しい。決して君から距離はつくらないで欲しいんだ」
続いて、やはり透明感のある澄んだ声だが、凛々しい感じの張りのある声が重なった。
声の主は男性の格好をしていたが、その顔は女性特有の優しく柔らかい表情をしていた。
幕で仕切られた舞台の中では、アリスと呼ばれた少女が耐え難い寂しさと戦っている。
「私から距離を作ろうとしたことなんて・・・」
「ないね。もちろん、わかってるよ。壁を作っているのは僕達の方だ。必ず、君がみんなに溶け込めるように・・・」
「あなたたちと、私の間には見えない壁があるの・・・。髪も目も色が違う私のお茶会になんて、みんな来てくれないのよっ」
アリスが声を高めた。
両手を広げ、すぐに胸元で重ね合わせる。
体は小刻みに震え、寂しさに耐えている様子は見る者を引き込んだ。
「ないさ! 壁なんて、見えない壁なんて存在しない。ほら、だって僕はこうして君に触れることができるじゃないか」
「マコト・・・だけど」
「ワンダーランドへと迷い込んでいるのは君だけじゃない。みんな喘いでいるんだよ。現実世界そのもの、この世界そのものが不思議の国なのさ」
「分かり合うことは出来ないのよ」
両手で顔を覆い、泣き崩れるアリスの両肩に手を置いて顔をのぞき込むマコト。
「そんなことないよ。髪の色が、瞳の色がなんだっていうんだ。もし壁があるのなら、僕は翼を持とう。その壁を越えるための。君と僕との距離が何万光年離れていようとも、一瞬で飛び越せる翼を持とう。僕達よりもはるかに美しいその髪に触れるため。その瞳と目を合わせるために」
「マコト・・・」
「だから・・・、だからそんなに悲しい顔はしないでくれ。僕達は同じ仲間のはずだよ。そうだろ?」
静寂が舞台を覆う。
やっとのことで顔を上げたアリスの目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。
「悲しいんじゃないの、この涙は・・・」
何回リハーサルを行なっても、その場面になるとアリスの目から涙が溢れ出し、何回そのシーンを見ても、「彼女」は心打たれて、ついもらい泣きしそうになった。
パーン。
高い音と共にバレーボールが跳ねる。
使い込まれたそのボールはゆっくりと転がりながら、閉じている幕の隙間から舞台の中を覗き見ていた栗原かすみの足元へと転がってきた。
思わず、幕間から顔を出してしまう。
幕の外は、陽の光がこれでもかというほど降り注がれてかなり眩しい。
「あ、ごめーん。かすみぃー、パス」
かすみが振返ると、そこには町内会の同じバレーボールチームに所属する早瀬紅葉が体育館の中程から手を振って叫んでいた。
遠目に見ても汗だくで、スポーツマンらしい躍動感溢れる全身がキラキラ光っているように見える。
彼女達は、練習といっても体育館全体を使わせてもらっているわけではなく、市民に開放している市立体育館の端を少しだけ使用させてもらっているに過ぎなかった。
体育館は春休みという事もあり、かなり混み合っていた。
体育館の半面を使用して区切られている卓球台、バドミントンのコートは順番待ちの人達が出るほど混んでいて、今かすみ達がいる、自由に使用してよい舞台側の半面でもバスケットボールのシュート練習やドッジボールの練習をしている人達がごった返していた。
こんな状態では本格的なバレーボールの練習など出来るはずもなく、かなり隅の方で二人一組によるトスの練習を行っていたのだ。
「はーい」
そう言ってかすみは足元に転がっていたバレーボールを拾いあげると、横でバスケットボールのシュート練習をしている人達に邪魔にならないように気を付けながら、小走りで駆け寄ってくる紅葉にボールを投げ渡した。
「サンキュ」
かすみは紅葉がボールを受け取った事を確認すると、急いで再び閉じられている幕の中に頭を潜り込ませた。
──────何にそんなに夢中になっているのかしら?
紅葉にはわからなかったが、幕間に首だけ突っ込むという滑稽な格好には似つかわしくない真剣な雰囲気が感じられた。
(2)に続く
2011/05/17 初版
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