「夢みたい。でも、何だか偉そうな事言っちゃったな・・・」
リハーサルに興味が湧かないわけではなかったが立入禁止では仕方がない、そう思って引き返そうとした時、草むらに隠れていた少年と目が合った。
「あ」
両手に枝を持って、ベンチの後ろの灌木の間に隠れていたその少年は、少しだけ困ったようにおさまりの悪い髪をかきながらかすみの元へと近づいてきた。
「お礼を言わないといけませんねぇ」
ずいぶんと間の抜けた声でそう言われた後、少年が手にしていた缶入りのレモンティーを手渡された。
「はい?」
“何だろうこの人、レモンティーが好きなのかな?”
突然のことに、かすみもうまく考えがまとまらなかった。
レモンティーを受け取りながら、わけも分からずにかすみはうなずいた。
「偉い人達と芝居をするんじゃない。演劇部の仲間達と芝居をするんだ」
「・・・」
「良いセリフでした・・・」
かすみは恥ずかしくなった。
少年は一人でうんうん頷き、たまに“シナリオに使えるかも知れない”などと、ごにょごにょ呟いている。
「・・・あなたは?」
「おっと失礼。彼女の仲間でね、城沢って言います」
「城沢・・・先輩?」
「はい。嬉しい誤算でした。本来、あなたのあの役回りは別の先輩が演じるハズだったんです。もっとも、それはこっちの勝手な都合なんですけどね、ええと・・・」
そう言ってレモンティーをすする。
頭や背中にはまだ葉っぱがくっついていた。
物言いも物腰も背中の葉っぱも、麗香とは別の次元を感じさせる。
“本当に御神先輩の仲間かしら?”
「・・・栗原かすみです」
「栗原さん。彼女は役者として、たった今ひとまわり成長しました。僕は正直、何とか今回の公演だけでもプレッシャーを乗り越えてくれればって考えていたんですが、あなたのおかげで彼女はこの先もずっと主役を演じることができる役者になれたんです」
城沢は一気にそう言うと、体育館の方に目をやった。
「百のアドバイスより一人のファンの言葉ってやつですね」
そう言った後で、キョトンとしているかすみに向かって頭をかきながら言った。
「いや、ごめんね。わけのわからない事を言っちゃって」
「はぁ・・・」
「いつも舞台を見ていてくれた、あなたならではの元気づけ方に感動してしまってね」
少し変な先輩だが、幕間で見ていたことを知っていたらしい。
「あの、すみません。勝手に覗いてしまって」
「なーにいいんですよ。その御神君の件でお礼ってわけじゃないですが、どうですか? リハーサル、覗いて行きますか?」
「いいんですかっ!?」
思わず声が大きくなるかすみに、城沢は「しーっ」と人差し指でジェスチャーした。
誰もいない公園がさらに静まり返る。
「もちろんナイショでですよ」
そう言って城沢は、誰にも聞かれていないか確かめるように辺りを見回してから目配せをしてみせた。
オーバーなのに自然なその仕草は、実に格好が良く、かすみはこの城沢という少年が確かに麗香の仲間であるということを感じた。
(6)に続く
2012/03/13 初版
|