「ずいぶん楽しそうね」
「へ?」
藤原先輩がこちらをじっと見ていた。
出た。
氷のように冷たい眼差しだ。
すごく怖い。
助けを求めたわけではないのだが、部長の方を見るとさっと立ち上がって、「トイレっ、トイレっ」と言いながら出て行ってしまった。
「えーと・・・」
「・・・」
「最近のスパムメールはアスキーアートまで付いてて凝ってるんですよね〜」
うまいっ!
どうよ、この完璧なカモフラージュ。
朝から騒ぎを起こして、部にも迷惑がかかってるかもしれないからな。
ここは慎重にコトを進めなければなるまい。
フッ・・・オレにはスパイの才能が・・・。
「御前さんから可愛らしいメールが届いたのね? 女性からメールをもらうなんてお母様以外では初めてだ♪ うっれしっいなぁ〜〜〜〜〜♪ ・・・なのね?」
「ぶっ!」
いかん、盛大にコーヒーを吹いてしまった。
ほぼ完璧に再現できるとは・・・なぜだ!?
思考盗聴装置か!?
あのクールな藤原先輩がここまで精巧に仕草から台詞までコピーできるなんてありえないじゃないか。
能面かと思うようなポーカーフェイスで、何もバレないはず。
ハッ!?
まさか、天井に・・・。
「鏡なんかないわよ?」
「ぐぅぅぅ」
「山本くんはすぐ顔に出るから分かりやすいの」
マジで!?
こりゃスパイは無理だな・・・就職先の選択が1つ減ってしまった。
「冷めてるんだか、熱いんだか・・・」
「はい?」
「山本くんは掴み所がないなって思っただけ」
「よく言われます・・・」
特に藤原先輩の機嫌が悪いわけではなさそうなので、あまりビクビクするのも良くないか。
「それじゃ、いくつか質問してもいい?」
「は、はい。どうぞ」
藤原先輩が唐突に言い出した。
質問したいだって?
「小さい頃になりたかったものってある?」
「・・・」
「掴み所がないから、少しでも理解しておこうと思って。同じ部活だし、ね?」
「はい・・・小さい頃ですか」
「そう、正直に答えてみて」
「ま・・・」
「ま?」
先輩は優しそうな顔をして聞いてくれていた。
さっきの氷のような目をしていない。
仕方ない・・・正直に答えるか・・・。
「・・・マジンガー乙」
「・・・」
「しょうがないじゃないですか。本当にそう思ってたんですから」
「乗る方じゃなくて?」
「本体です・・・」
「ロボットの方なの?」
「そうです。言葉を話せなくて、涙を流せない方です。ロボットだから、マシーンだから・・・」
「グレートの方じゃない、それ」
「あ・・・」
さすがです、藤原先輩。
まさかカビの生えたアニヲタとはつゆ知らず・・・。
「小学生の時は?」
「戦隊ヒーローでカレー食ってる人に・・・」
「中学生の時は?」
「変身ヒーローで指だしグローブをはめてる人に・・・」
「宇宙刑事みたいな?」
「そうそう、それです。へ〜〜〜んしんっ! とおっ!!っていうアレです」
「2代目ライダーじゃない、それ」
「あ・・・」
すごいです、藤原先輩。
まさか特撮ヒーローまで守備範囲の腐り加減だったとはつゆ知らず・・・。
「えーと、じょーちゃくする方です」
「なるほどね。それじゃ今は? 高校生になって改めて将来なりたいものってある?」
「グラフィックデザインの修正をする人になりたいです」
「修正?」
「元絵に1ドットずつ色マスを貼り付けて・・・」
「今時のゲームはドット打ちなんてしないわよ?」
「えっ!?」
「どんなに小さなゲーム会社に行っても、ドッターになりたいですって言ったら追い返されると思うけど・・・」
「し、知らなかった・・・」
もはやスパイにもなれないし、オレの進路は大幅に狭まってしまったようだ。
「他にはないの?」
「うぅ・・・それじゃあカニの養殖を・・・」
「高校生になって何があったの?」
ちょっと地味になっただけじゃないか。
どうしてそんな可哀想な人を見る目で見るんだぁぁぁぁ。
「ものすごく地味か、80年代から抜け出てないって・・・山本くん」
「はい・・・」
「年齢を20歳くらい偽ってるか、時代に取り残されてるかのどちらかよ」
はうあ!
来た、来ました。
グサーっと。
いいんだ・・・。
なんとなくは分かっていたんだ・・・。
周りは皆、知らない間に親離れしていったさ。
オレもそのつもりだった。
小学生くらいまでは、ちょっとボ〜っとしていても、先生が手取り足取り教えてくれる。
何から何まで“手順”ってやつが何となく分かってたもんだよ。
でも、中学くらいからだろうか。
言われたらやるタイプのオレは、何も言われなくてもやるべきことをやる連中から遅れて行った。
特にオシャレに関心がないからか、親が買ってきてくれた服を今も着ている。
そう、ある日、自分が妙にカラフルなことに気が付いたのさ。
なぜか周囲はシックな色に!
友達同士や自分だけで服を買うらしい。
オレなんて自分のサイズでさえも分からないというのに。
気が付けば、常にイニシアティヴを取られる遅れた野郎になってたってわけ。
「山本くん・・・」
いーんだ、いーんだ。
オレなんておっさんになってもガソダムカラーの服を着て、養殖場をうろうろしていればいいのさ。
パチンコや競馬もやらないある意味、真面目でつまらない子供みたいな大人になっていればいいんだ。
アダルトチルドレン万歳っ!
「あのね、山本くん」
「あ、はい」
つい感傷的になってしまった。
相変わらず、藤原先輩が気の毒な人を見る目でオレを見ている。
や、やめろ。
そんな目でオレを見るんじゃない!
や、や、やめてけろー!
オラ、なんも悪いことしてねえだ!!
「落ち着いて、山本くん」
「これだけは勘弁してけろぉぉぉ、このコメだけはぁぁぁぁ」
「いつの農民よっ!」
「ハッ!?」
それから藤原先輩はいろいろと進路について教えてくれた。
自分が優秀な成績でありさえすれば、職業選択の幅は広がっていくということ、明確な目的があるなら、成績はどうでもそれが幸せなのだということ・・・分かってはいたが、面と向かって真剣に話してもらえると、素直に聞くことが出来た。
それから環境についても話してくれた。
いつまでも言われたことにしか反応しなければ、いつか指示待ち人間になってしまうこと、少しずつで良いので自分から行動する、自分から話題を見つけて話せる人にならないと、ずっと黙っている不気味な人扱いされてしまうこと・・・などなど。
途中で戻ってきた部長も話しに加わってくれた。
「藤原くんの話とは比較にならない低レベルなものだけどね・・・」
そう前置きしたが、プリント・マシンさえ世の中にあれば自分は幸せだということ、部にも満たない同好会だが、自分で決意して行動し、PM研究会を立ち上げたこと。
そこには、言われたからやったという幼い動機などではなかった大人の姿勢を見い出すことが出来た。
「僕はね、君がやりたいと思っているだろうからP乙Pをずっとやってても何も言わないんだよ。やりたい事を見つけたいならそれもいいと思う。でもね、やる事がないからゲームをしていると言うなら、君は未来の自分に謝らなければいけない日が来ると思う」
そう言って笑った部長は、ただの印刷機オタクとは思えないほど格好良かった。
藤原先輩も笑顔で言ってくれた。
「遅すぎるなんてことはないのよ、それが何歳であっても。今度、一緒に服を買いに行きましょうか。急激に大きくなったんだから、きっと持ってる洋服はほとんど短くなっちゃってるわよ?」
涙が出るほど嬉しかった。
言われてみれば、最近、服の袖や裾が短いと感じていたところだ。
そう感じていても行動に移さなかった。
それが如何に問題アリなのかがよく分かった。
部活が終わり、自宅に帰ってから珍しく小野に電話をした。
感動だったんだと、ただ聞いてくれればいいと言って、部活の時の話を延々と話したのだが、小野はずっと黙って聞いていてくれた。
「あのなぁ山本・・・」
「あ、ああ、悪い。いきなり電話してオレばかり話して」
「そんなのいいんだよ。明日、空いてるか?」
「ん? 明日?」
「一緒に美容院、行こう。床屋じゃなくて美容院。服は先輩と買いに行けよ。だから、髪は俺と刈ろう。その無駄にボサボサしてる頭を、自然な感じに整えてもらうだけだ」
「オレ、美容院なんて行ったことないぞ!?」
「だから一緒に行くんだよ。ナチュラルに、軽くする感じでって言うだけなんだが、初回サービスで俺がオーダーしてやるから」
何度も礼を言ったのを覚えている。
オレは今度こそ泣いていた。
大人になれるとか、髪や服を自分で買いに行けるとか、そんなんじゃなかった。
ただただ、オレは幸せ者だと感じたからだった。
(10)に続く
2012/11/20 初版
|